〈Ⅽ〉【祝・追放 100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました! ~犯罪コレクション~
高見南純平
第1話
平原の風が、焼けた草の匂いを運んでいた。
「たった今、決定した。ララク、君を追放する。キミは不要であり、なおかつ私たちからすると邪魔な存在であるということが確定した。ヒーラーというだけで加入させた私の判断が、不良だった」
そう言い放ったのは、冒険者パーティー〈リジッド〉のリーダー、風角ジェルネイだった。声には迷いがなかった。告げる瞬間さえ、任務の報告のように淡々としている。
ララクは、平原の大樹の下に膝をついていた。乾いた大地に広がる影の中で、両手を傷ついた仲間へとかざしている。
「……これじゃ、足りませんよ、ね」
彼がつぶやく。発動中のスキルは【ヒーリング】。体内に流れる魔力を外へと導き、対象の損傷を少しずつ修復していく。柔らかい光が掌から滲み出て、血に濡れた肌をかすかに照らした。
「……癒されないよりは、おっけーだけどな。まぁ、市販薬のほうが効果あるかもだが」
笑い混じりに言ったのは、鎧を破壊され、露出した筋肉に包帯を巻かれた冒険者・突進殴りのバイセコ。冗談めかしているが、その腕には深い裂傷が走っていた。
周囲には、倒れ伏した魔牛グランドカウの群れ。巨大な体から漂う血の匂いが、風に混ざって重く残る。つい先ほどまで繰り広げられていた激闘の跡が、あたり一面に刻まれていた。それは依頼の結果でもあった。
【牛肉集めに協力を!】
どもも、コック見習い兼雑用の者です!
この度私が勤めるレストランで大掛かりな会食が行われることになりましたが、ステーキ用の牛肉さんたちが全然足りないとのことなのです!
魔牛の新鮮なお肉を、どうか確保したくお願い申し上げちゃいます!
依頼主・コック見習い兼雑用係
クエストを受注した彼ら〈リジッド〉は討伐に向かったのだった。戦いは終わり、成果は得た。だが、その代償にバイセコは重傷を負い、ララクは今、癒しの光を絶やさぬよう魔力を注ぎ続けている。【ヒーリング】は確かに安定した回復をもたらす。けれど、消費魔力が少ない代わりに回復速度が遅い。ララクの額に汗が滲み、呼吸が静かに荒くなる。
彼の指先の光は、弱々しくも確かに、傷口を閉じていった。それでも、ジェルネイの言葉が背後で冷たく響く。平原には、風の音と、癒しの光の淡い脈動だけが残っていた。
「役立たずでごめんなさい……。こういう傷を治さなきゃいけないのが、ヒーラーなのに」
ララクの役職はヒーラー。仲間を回復するのが役目であり、このパーティーにもそれが目的で加入できた。だが、その力はあまりにも実用的ではなかった。
「ほっほほ、バイセコが傷を負うのは、単に実力不足でしょう。いっつも直進ばかりして。柔軟に、華麗に、戦うべきなのに」
横に伸びた分かりやすい付け髭をつけた女性が、扇子で口元を隠しながら笑う。炎剣マジシャン・ガンミス。彼女は魔人族で、シルクハットの隙間から赤い角が覗いていた。
「かぁ、言い返せない煽りはやめろっての。落ち込むだろ……」
爪を噛みながらつぶやく突進殴りのバイセコ。傷を負っているのもあってか、普段の豪快さはどこか影を潜めている。
「私はその悪癖があるからこそ、破壊力を生んでいると思っている。その弱点を補うために、回復役を頼んだのがきっかけだった。その役目を果たせないのならば、除名するのは当然の結末だろう」
リーダーの風角ジェルネイが、会話に入りながら冷静に言い放つ。彼女は鹿と山羊の血を引く獣人で、ねじれた大きな角が額から外に向かって伸びている。顔立ちは人に近いが、その双眸には硬質な意志が宿っていた。
「言い返せないの、辛いですね」
治癒相手と同じように、ララクの肩がわずかに落ちた。握る手の中で、ヒーリングの光がふっと弱まる。
「もう治療は良いだろう。ポーションに切り替え、帰路して的確な治療をしよう」
ジェルネイが命じ、腰のポーチから小瓶を取り出す。中には緑がかった液体が揺れていた。彼女はそれをバイセコに手渡し、飲むように視線で促す。
バイセコは肩をとしながら、ぐっと喉を鳴らして飲み干した。わずかに苦味のある匂いが漂い、平原の風の中に混ざって消えていく。
「それでは手続きをしよう。ララク・ストリーンとのパーティー契約を解除する」
風角ジェルネイの拳に刻まれた紋章が、淡い光を放った。その光は糸のように伸び、ララクの拳に浮かぶ同じ形の紋章と結びつく。次の瞬間、光の線は弾かれるように砕け散り、砂上に消えていった。
契約解除の儀式。冒険者パーティーにおける正式な縁切りの行為だ。契約を交わしている間は、戦闘で得た経験値を共有でき、全員のレベル上昇に貢献する。しかし、ララクの場合はその恩恵を一度も受けられなかった。
名前 ララク・ストリーン
種族 人間
レベル 35
アクションスキル一覧
【ヒーリング】
いくらレベルアップしても、新たなスキルを得ることはなかった。
それが、彼の限界を意味していた。
こうしてララクは、冒険者パーティー【リジッド】から正式に追放された。
「さぁ、キミはもう街に戻るといい。後処理はしておく。……今回のクエスト報酬は、少ないがあとで渡そう。一応、参加料金ってことでね」
ジェルネイは淡々とした口調のまま言葉を続けた。ララクの目を見ようともしない。
「……助かります……」
ララクはかすかに頭を下げた。財布の中身はほとんど空で、宿代すら危ういほど。少しでも報酬が入るなら、それだけで助かる。
「さぁさぁ、見送りましょう。力を示すことの出来なかった若人を。ほっほほ」
炎剣マジシャン・ガンミスが、ひらひらと手を振る。挑発にも冗談にも聞こえる声色。そのどちらでもあるような笑い方だった。
ララクは複雑そうな表情で会釈を返し、平原の道を一人歩き出した。足元には、討伐の跡として残された魔牛の血がまだ濡れている。
「……俺は薬より、あいつの治療の方が好きなんだけどなぁ……」
背後で、バイセコが静かに呟いた。
その手が、遠ざかっていくララクの背中へとわずかに翳される。
けれど届くことはなく、風だけが、乾いた草をなでるように吹き抜けていった。
(はぁ……これで77回目か。全然嬉しくない数字だ……)
肩をぐっと落としながら歩くララク。そう彼は、これが初めての追放ではなかった。これまでにたくさんの冒険者パーティーに加入して、レベルを少しずつ上げながらも、何度も追放を繰り返されてきた。もう慣れたものだが、精神は慣れない。いつか新しいスキルが得られると信じて。
だが彼の辛い日々は終わらない。そしてその苦しい冒険は、彼が100回目の追放をされるまで続くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます