第11話 二回目の挨拶

 心臓の鼓動がうるさく鳴っている。

 何度深呼吸をしても落ち着かない。

 結婚の挨拶はこれよりも緊張するのだろうか、と変な考えが浮かんでくる。


 落ち着け。

 落ち着くんだ。


「そんなに緊張しないでいいんだよ? 肩の力を抜いて、リラーックス」


 美月さんは優しい笑顔でそう言ってくれた。

 俺とは違って、美月さんは緊張している様子が全くない。


「緊張しないようにと思って、何度も深呼吸してるんだけど落ち着けないよ」

「私のお父さんとお母さんは超絶優しいから安心してよ」

「そうかもしれないけどさぁ……」

「さ、着いたよ」


 落ち着きを取り戻す間もなく、リビングに辿り着いてしまった。

 膝が小鹿のように震えている。

 ここは覚悟を決めるしかない。逃げ道を探すな。


 早くしなくては隼人が風呂から上がってしまう。それまでには、挨拶を済ませなくてはならない。


「あら、どうしたんだい二人とも」


 美月さんの母親は、不思議そうに言った。

 俺と隼人が仲が良いということは知っているだろうけど、俺と美月さんの関係は知らないだろうからね。

 シェアハウスをしている相手は『仲の良い男友達』としか伝えていないらしいし。


 ヤバい。

 そんなことを考えていたら、もっと緊張してきた。


「貴様が娘をたぶらかしたクソ男かぁっ!」って罵倒されたらどうしよう。

 絶対に立ち直れないよ……。


「お父さんとお母さんに話しておくことがあるの」


 美月さんは真剣な表情をしながら、そう言った。

 

「隼人が居たらダメな話なのかい?」

「うん。絶対にね」

「分かったわ。聞きましょう」


 美月さんの母親は何となく察しがついているような反応をしている。

 父親のほうは何も言わなかったが、強く頷いている。恐らくこっちも察しているのだろう。

 つまり、逃げることは許されないということでもある。


 このままの流れだと美月さんが全てを話してくれそうで、それに甘えたくなってしまうが、ここは俺の口から伝えなくては。

 俺が、美月さんと同居していても問題のない男だと示すべきだろう。


 一歩前に出て、呼吸を整える。


(よし、いける)


 美月さんの両親の視線が俺に集中する。

 俺は視線を逸らさない。


「じ、実は、美月さんと同居させてもらって、い、いますっ!」


 声が震えに震えまくったが、言えた。

 二人とも察してはいたのだろうが、驚いたように目を見開いていた。


「おぉ、つまり流星くんが美月の言っていたシェアハウスをしている『仲の良い男友達』なんだね?」


 美月さんの父親がどこか嬉しそうに笑った。


「そうなのっ! 私から同居をお願いしたの!」


 美月さんは父親からの問いにハッキリと目をキラキラと輝かせて答えた。

 少しは不安も感じていたのだろう。だけど、両親の反応を見て受け入れてもらえたと確信出来たから、嬉しいのかもしれない。


 正直に言うと、俺も嬉しい。


「ねぇ、流星くん。一つ、聞いてもいいかな?」


 今度は美月さんの母親が口を開いた。

 何を聞かれるのだろう。


「は、はい。なんでしょう」

「同棲じゃなくて、同居、なのかい?」

「え……?」


 予想外の質問だった。

 一応、同居のつもりではあるのだけど。


「少し気になってしまってね。それで、どうなんだい?」

同居のつもりです」

「ほぅ。ふふっ、チャンスはありそうで良かったね美月♪」


 美月さんの母親はニヤリと悪戯な笑みを浮かべながら、視線を美月さんに向けた。

 俺は何か変なことを口走ってしまったのだろうか。特におかしな返答はしていないはずだけど……。


「もうっ、からかわないでよっ。流星くんは自分で言ったことに気づいてないみたいだし……」

「あははっ、ごめんよ。つい面白くなってしまってね」

「お母さんの意地悪!」


 美月さんは何故か赤面していた。

 俺だけこの場のノリについていけていないような感覚なんだけど、本当に何があったんだ。


「えーっと……」

「ほらぁ! 流星くんが困ってるじゃん!」

「あら、本当だね。ごめんよ」


 困惑していた俺に気が付くと、美月さんの母親は楽しそうに笑った。

 何が起きているのか分かっていないけど、悪い展開ではなさそうだからいいか。


「流星くん」

「あ、はいっ!」


 突然、美月さんの両親は深く頭を下げた。


「「美月のことを末永くよろしくお願いします」」

「えっ、あ、はいっ!」


 なんか結婚の挨拶みたいな展開だけど、とりあえず俺も頭を下げた。


「ふふっ、やっぱりチャンスあるよ美月♪」

「だから、もうそれはいいって!」


 頭を上げると再び美月さんをからかい始めた。

 うーん、やはり何が起きているのかさっぱり分からん。

 分かるのは、仲の良い親子だということくらいだ。


「ふぅ~気持ちよかったぁ~」


 挨拶を終えると、隼人が風呂場から出てきた。

 何気に危なかったな。

 もう少し早く隼人が風呂場から出てきていたら、バレていた可能性もあったかもしれない。


「ん? みんな揃って何してたんだ?」

「「「「何もしてないよ」」」」


 隼人以外の俺含めた四人の声が揃った。

 むしろ怪しくないか。


「そっか、ならいいや。とりあえず夕飯にしない?」

「分かったわ。今作るからちょっと待ってなさい」

「はーい」


 隼人は自分以外が揃っている理由よりも夕飯で頭がいっぱいのようだった。



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