第8話 一緒に登校

『~~~♪』


 朝。

 スマホのアラーム音で目が覚めた。

 二度寝をしたい気持ちに陥りそうになるが、頬を叩いて無理やり起き上がった。


「……眠い」


 二度寝をしていれば朝食をとる時間もなくなるし、下手すれば学校に遅刻してしまう可能性だってある。

 これが一人暮らしを始めてから辛いことの一つだ。

 実家住みのときは、二度寝をしても両親が起こしに来てくれてたもんなぁ。


 まあ、今は一人暮らしじゃないのだけど。


「よし、起こそう」


 隣を見ると、美月さんが俺の服の裾を掴みながら気持ちよさそうに寝ている。

 スマホのアラーム音程度では起きないらしい。

 朝が苦手だって言っていたしな。


 朝食の用意もしなくてはならないから、早めに起こしたいところだ。


「美月さーん、起きてー」

「…………」


 肩を揺する程度ではびくともしない。

 揺する度に「んふふ」と楽しそうに笑うだけだ。どんな楽しい夢を見ているのだろうか。

 もう少しその夢を堪能させてあげたいところが、それはまた別の機会にしてもらおう。優等生な美月さんを学校に遅刻させるわけにはいかない。


 一発で起きる方法でもないものか。


 驚くようなことを言えば、美月さんも夢の中から出てきてくれるのでは?

 何の反応も起きない可能性も大いにあるが、物は試しだ。


「あ~あ、もう九時になっちゃったよ~! もう学校始まってるなぁ~っ!」


 わざと大きい声でそう言い放った。

 もちろん、嘘である。

 こういう嘘を言えば、飛び起きてくれるのではないかと考えたのだ。


「んぁ~……じゃあ学校休めるぅ~……わぁ~い……」


 寝言で返事をしてきた。

 しかも、夢の中の美月さんは学校を休む気だ。

 もう少し優等生としての自覚を持っていただきたいんだが。


 この作戦は、失敗か。

 別の方法を考えなくてはならないな。


「あっ、そうだ!」


 一つ、良い方法を思いついた。

 美月さんに通用するか分からないが、俺が実家暮らしをしていた時、布団から一向に出てこない俺に対して両親がやっていた方法だ。


 俺は小走りでキッチンへ行き、氷を一つ手に取ってから、再び寝室に戻った。


 俺の場合はこれを首にくっ付けられると一瞬で飛び起きたものだが、美月さんにも通用するのかどうか。

 頼む! 起きてくれ!

 そう願いながら、気持ち良さそうに眠る美月さんの首に氷をピタッとくっ付ける。


「ひゃあんっ!」


 美月さんはビクッと体を震わせ、目を開いた。

 起きてくれて良かった。

 …………うん、良かったのだけど、なんて声を出すんだ。


 思わずこっちがドキッとしちゃったじゃん。

 心臓の鼓動がうるさく鳴っている。

 落ち着け、落ち着くんだ俺。


 一度深呼吸をしてから、何事もなかったかのように美月さんに声を掛ける。


「おはよう、美月さん」

「……流星くんのいじわる」


 美月さんは俺が手に持っている氷を見ながら、頬をぷくっと膨らませたご立腹顔をしてみせた。怒った顔も美人だから、むしろご褒美な気さえするけれど。


「急がないと学校に遅刻しますよ」

「うぅ……わかったぁ……。ふぁあ~っ、眠っ」


 目を擦りながら起き上がる美月さんと共に、洗顔や歯磨きなどの朝の準備へ向かった。


 ♢


「ん~~っ、準備完了!」


 準備を終え、制服に着替えた美月さんは先ほどよりも目がぱっちりと開いていた。


「さっきよりは目が覚めましたか?」

「流星くんのお陰でねっ」

「これから毎日、一回で起きなかったら今日と同じ方法で起こすことにしますね」

「や、やめてぇ」

「それが嫌なら一回で起きてください」

「あ、悪魔だ……」


 朝の準備を終えた俺と美月さんは、トーストにカリカリに焼いたベーコンと半熟の目玉焼きを乗せた『ベーコンエッグトースト』を食べてから、家を出た。


 ♢


「本当に学校まで一緒に行くんですか?」

「ダメなの?」

「別にダメってことはないですけど、他の生徒に見られちゃいますよ」

「いいじゃん」


 俺は美月さんと並びながら学校へと向かっている。

 もう既に同じ学校の生徒たちを見かけたが、必ず俺たちのほうに視線を向けてくる。そりゃそうなるよなって感じだけど。

 いつもなら女子生徒の友達か、一人で登校していたもんな。


 弟である隼人以外の男子生徒と一緒に登校するのは恐らく、これが初めてだろう。

 だからこそ、周りの視線が痛いほど俺に突き刺さる。突き刺すどころかえぐられていくような視線だ。


 まさか、これからは毎日一緒に登校するとか言い出さないよね?

 ストレスで胃に穴が開いちまうよ。


「え、姉ちゃんと流星か?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 俺と美月さんは同時に後ろを振り向いた。


 そこには、目を大きく見開いて俺たちを指差す隼人の姿があった。

 一番見られたくない人物に出会ってしまったのだ。


「よ、よう。おはよう、隼人」

「これは一体どういうことだ?!」


 隼人は俺と美月さんを高速で交互に見ながら、慌てふためいている様子。

 ここはどう言い訳をすれば良いのだろうか。

 頭をフル回転させながら、言い訳を探していると、俺の代わりに美月さんが答えてくれた。


「隼人、落ち着いて。偶然、さっき会っただけよ」

「なーんだ、そういうことか~。ビックリした~」


 え……?

 そんなありきたりな言い訳が通用するの?


 隼人も完璧に信じ切っているようで、安堵した表情をしている。

 おいおい、マジかよ。

 シスコンもここまで来ると凄いな。


 姉の言ったことは全てが正しいという考え方をしていそうだ。

 まあ、そのお陰で俺は危機を免れたわけだが。


「よし、それじゃあ今日は学校まで三人で行こう!」


 隼人は上機嫌になり、満面の笑みを浮かべていた。

 いやぁ、本当に凄いな。

 これからも、同じような危機が訪れたら美月さんに何とかしてもらおう。



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