第5話 神様は、家にはいない
「お兄ちゃんのクラスに神様来たって本当!?」
家に帰るなり、玄関に正座していた我が妹、和葉がジャンプしてきた。
そして足がしびれていたのだろう、着地に失敗して転んだ。俺が受け止めた。
「一〇点!」
「〇点だよ……」
傾いた体で体操選手ポーズをキメる妹を嗜めてから、俺は和葉を抱き上げたまま靴を脱いだ。
その間、和葉が足をぱたぱたしているのが小学生の頃と変わらず可愛い、と思っているのは内緒である。
高校生にもなって中学生の妹を可愛がっていたら犯罪だ。
それから上がりかまちに上がって、腰を落として和葉を床に座らせた。
話があるみたいなので、俺も床に座る。
「神様ならお前の中学にもいるんだろ?」
「うちのは国津神で能力は疲れを取るだけだもん」
和葉はつまらなさそうに唇をとがらせた。
「でもでも、天津神の能力って凄いんでしょ? ほら♪」
と、スマホ画面を見せてくると、天津神が神通力で街を救うニュース動画が流れていた。
「あ~、大地神が山崩れを押し返すニュースか、俺もさっき見たぞ」
そこで、ふと気が付いた。
――そういや、天原って何の神様なんだ?
神様は基本的に多かれ少なかれ全能で、特別に得意な分野が肩書になる。過去には、全てが得意なんていう最強の神もいたらしい。
「いいなぁ、天津神のクラスメイト。お願い叶えてもらい放題じゃん♪ お兄ちゃんの願いもかなえてもらったら?」
能天気に夢みたいなことを語る妹に、俺は舌を出した。
「ねぇよ特に。それに願いは自分で叶えるもんだ」
「むぅ、つまんないなー。私なら体重を一キロ軽くしてもらうのに」
「自分で頑張れよ」
「ウエストを一センチ細くしてもらう♪」
「自分で頑張れよ」
「胸を二センチ大きくしてもらう!」
「母さんを恨めよ」
スパァン!
という音と同時に頭痛が走り、俺は床に沈んだ。
視界の端で、母さんのカカトが遠ざかる。
「お兄ちゃんだいじょうぶぅ?」
「残機が減った。ていうかなんでそこで一センチじゃなくて二センチ何だよ。欲張りだな」
「あれれ知らないの? おっぱいは二・五センチおきに一カップ上がるんだよ?よかったね、エロ知識が増えて♪」
「妹のおっぱいなんて母さんのおっぱいと変わらねぇよ」
「ひっどーい、あたしをあんなペチャパイと一緒にしないでよ!」
スパァン!
という音と同時に妹は床に沈んだ。
兄妹仲良く二の字で転がった。
――妹よ、残機は残っているか? 俺はあと一つだ。
「そういえばお兄ちゃんってさ、昔みたいに走らないの?」
「陸上部なら中学三年の夏で引退しただろ?」
「いや、高校では陸上部入らないのかなって。ケガは治ったんでしょ?」
「……怪我してるわけじゃない。ただ、…まあ気が向かないだけだよ」
「え~、受験勉強しているお兄ちゃんより、前のお兄ちゃんのほうがかっこよかったな~」
「……妹にモテてどうするんだよ」
苦笑を浮かべながら体を起こすと、俺はその場から逃げようとした。
「あ、待ってお兄ちゃん」
振り返ると、和葉が両手を天上に突き上げた。
「運んで♪」
これで中学二年生だから驚きである。
ゴロゴロと甘えてくる妹を猫のように運ばせてもらった。
◆
翌朝。
今朝もリビングのテレビは、天津神の活躍を報道していた。
漫画でしかお目にかかれないような非日常の、だけど確かに存在する彼ら彼女らの超常の力には開いた口が塞がらない。
科学万能の時代ですらこれなのだから、古代ではどれほどの尊敬を集めていたか、想像に難くない。
――クラスの盛り上がりって、あれでもマシなほうなのかもな。
将来、水害を納め、山崩れを沈め、豊作を実らせる天原をテレビで見る日が来るのかと、ちょっと妄想した。
あ、天原だ。俺、あいつと昔クラスメイトだったんだよな。
なんて思う日が来るのかと想像して、鼻で笑った。
だからなんだ。
俺は俺、天原は天原だ。
たまたまクラスが同じだっただけで身内面されては天原も迷惑だろう。
あいつが将来、何の神様になるかは知らないけれど、俺には無関係だと食卓に着いた俺の耳に、のどかなあくびが触れた。
「おにーあん、おあよぉ……ねむ」
「和葉? お前今日日直じゃなかったか?」
俺の疑問に、和葉は顔を洗う猫のような顔をパチッと覚醒させた。
「あっ、忘れてた!」
水を被せられた猫のように、ピーンと背筋を伸ばす妹に、俺は呆れた。
――やれやれ。
「自転車で送ってやるから早く準備しろ」
「え、いいの♪ やったー♪ お兄ちゃんに送ってもらえるぅ♪ いやぁ、遅刻もするもんですなぁ♪」
マタタビを貰った猫のように上機嫌になりながら、和葉は軽い足取りで洗面所に向かった。
急げと言っているのに、しっかり乙女のたしなみはしていくつもりらしい。
妹の能天気さに辟易しながら、俺は味噌汁をすすった。
◆
「おっまたせー♪」
「なんで俺よりおせーんだよ?」
三〇分後。朝ごはんをきっちりと食べた和葉重役出勤で玄関から登場。
俺は渋い顔を歪ませ、自転車のサドルでタクシー運転手のように待機中だ。
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