第3話 『中古バイクと、三人の運命の出会い』
■国道沿いのバイク屋と、胸の奥のざわめき
土曜日の午前十時。
尾道駅前から少し歩いた国道沿いに、その店はあった。
白い外壁に、大きく掲げられた看板。
「MOTO ONOMICHI」 の文字が、朝の光を受けて少し眩しい。
遥は、店の前で足を止めたまま、しばらく動けなかった。
ガラス越しに見える、無数のバイク。
黒、白、赤、青――
タンクの曲線、ハンドルの影、ミラーに映る空。
(……動画じゃない)
当たり前のことなのに、胸がざわつく。
画面越しじゃない。
“本物”が、ここにある。
「あっ……」
思わず声が漏れた。
「やっば……」
心臓が早鐘を打つ。
「見て……あれ、全部バイク……」
「店なんだからね」
横で沙月が淡々と言う。
けれど、その視線はすでに数台を行き来していた。
ただ突っ立っているわけじゃない。
距離、車体の高さ、並び――
無意識に“観察”している目だった。
一方で。
「うわああああ……!!」
背後から、今にも泣き出しそうな声。
「ミウ無理!!」
美海が半歩下がる。
「なにこれ、心臓もたん!倒したら終わるやつ!?触ったら怒られるやつ!?」
「全部」
沙月が即答する。
「それ一番怖いやつ!!」
遥は思わず笑いながらも、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
(……ここからなんだ)
教習所でクラッチに苦戦して、
エンストして、泣きそうになって。
それでも、三人で来た。
その時、店内のドアが開く。
⸻
■「原付二種、見に来たんでしょ?」
「いらっしゃい!」
若い店員が、明るい声で出迎えた。
「電話くれた子たちかな?AT限定解除したって」
「はい!」
遥が一歩前に出る。
「この三人です!」
胸を張ると、制服のスカートが少し揺れた。
「初めてなんで、色々見たいです」
美海も元気よく頭を下げる。
「いいねえ」
店員は笑って親指を立てる。
「じゃあ原付二種コーナー、案内するよ」
三人は顔を見合わせ、同時に頷いた。
(……本当に、選ぶんだ)
胸のざわめきが、期待に変わっていく。
⸻
■遥と、青いGSX-S125
店の奥。
原付二種が並ぶ一角で――
遥の視線は、一直線に引き寄せられた。
青いタンク。
シャープなネイキッド。
無駄のないフレームライン。
GSX-S125。
「……あ」
言葉が、喉で止まる。
(……あれ)
次の瞬間。
「あれ……あたしの……?」
「違う」
沙月が即座に肩を掴む。
「まだ決めてない」
けれど、遥の耳には届いていなかった。
「青のジスペケ……」
息を呑む。
「……ちょっとだけ、Yuiのと似てる……」
動画で見た、あの走り。
橋を抜けるときの、あの安定した視点。
目の前の車体に、それが重なる。
「中古……?」
視線が数字を追う。
「距離……一万二千……」
「……三十万切ってる……」
手が、勝手に震えた。
店員が、さりげなく言う。
「これ人気あるよ」
「……」
「前のオーナー、女の人でさ。丁寧に乗ってた」
その一言で。
「……女子……?」
胸の奥で、何かが音を立てた。
(……運命じゃん……)
「遥」
沙月が呆れた声を出す。
「顔、完全に落ちてる」
でも、その声音はどこか優しかった。
⸻
■沙月と、静かなCBF125R
その隣。
黒く、主張の少ない一台。
CBF125R。
沙月が、ぴたりと足を止める。
「……これ」
「え?」
遥が振り返る。
「いいかも」
「地味じゃない?」
美海が首を傾げる。
沙月は首を横に振った。
「地味じゃない。“無駄がない”の」
静かな声。
「形が整ってるし、軽そう。扱いやすい」
タンクに視線を落とす。
「……それに、私、黒が好き」
店員も頷く。
「それ、初心者向きだよ。燃費いいし壊れにくい」
沙月はサイドスタンドの角度、
シート高、ハンドルの位置を一つずつ確かめる。
そして、そっとタンクに触れた。
「……落ち着く」
遥は思わず笑った。
「沙月っぽい」
「似合う」
美海も頷く。
「頭いい人のバイクって感じ!」
「それ褒めてる?」
「褒めてる!」
沙月の口元が、わずかに緩んだ。
⸻
■美海と、赤いGN125E
店の奥。
少し影になった場所に、一台だけ離れて置かれたバイク。
赤いタンク。
どこか懐かしい、丸みのあるフォルム。
GN125E。
「……っ」
美海が、息を呑んだ。
「美海?」
遥が呼ぶ。
美海は、赤いタンクを指差す。
「ミウ……赤がいいって……」
小さな声。
「YU-MAのGROMみたいな赤、欲しいって……」
店員が穏やかに言う。
「丈夫で安い。初心者に人気だよ」
「……値段は?」
「十八万」
「……っ!」
美海の目が、一気に輝いた。
「ミウの貯金……いける……!」
そっと、タンクに触れる。
冷たい金属。
でも、なぜか温かく感じた。
「……ミウ、この子がいい」
遥と沙月は、自然と頷いた。
「一番似合う」
「元気だし、軽いし……あなた向き」
美海は、嬉しさを噛みしめるように、深く息を吐いた。
⸻
■サインと、三人の「はじまり」
書類が並ぶ。
ペンを握る手が、少しだけ震える。
「三人まとめて選ぶの、珍しいね」
店員が笑う。
「友達って感じで、いいな」
「三人で始めたから」
遥が即答する。
「走るなら、一緒がいい」
「ミウ、向島一周したい!」
「因島も!」
「……一人より、みんなの方が安心だから」
沙月が静かに言った。
サインを書き終えた瞬間――
三人は顔を見合わせて。
「「「やったーーーー!!!」」」
声が、店内に響いた。
⸻
■海風と、まだ見ぬ未来
店を出ると、潮の匂いがした。
「バイク買ったーー!!」
遥が空に向かって叫ぶ。
「ミウもーー!!」
沙月は小さく笑う。
「……ほんと、騒がしい」
でも、その頬は誰よりも柔らかかった。
「ねえ」
遥が振り返る。
「早く走ろう」
「橋行きたい!」
「……楽しみだね」
三人の物語は――
この日、確かに動き出した。
To be Continued...
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