散らかる、混ざる

@kovish

第1話

 後ろから太陽の沈む闇を背にしたバスが、舗装のあまい路面を揺れながら走る。私は窓にもたれて目を閉じていた。

 涙が頬を流れていく。まだ火曜日なのに、喋りすぎて気持ちが悪い。今日、浮かんだ感情や発した言葉、かけられた言葉が腹の中を渦巻いてドロドロして吐き出したい。人という形が、私にとってはハイテクすぎてストレスでしかない。言葉を媒介して疎通をはかることが最小限な仕事を選んでいるのに。なんなら私は仕事中、本当の名前さえ呼ばれないというのに。

 できるだけ自分の存在が他者に介入しない、生存権に準拠した生活をすることを私は好んで営んでいる。一人で穏やかな海の中で暮らしたいような、そんな気持ちだ。それでも時々、腹の中の何かに侵襲されそうになる。

 私の生活は前述した生存権準拠生活であるが、赤貧とまではいかないし、行政からの保護も対象ではない。用途はさておき、紐や剃刀、炭は買える。一人でいる自由さに枠を作って、なんらかの接点を社会と持つことで、自分をコントロールしている。何のためにコントロールするのかというと、産まれおちて自然にひっそりと消滅したいという、私の唯一の夢に沿ったかたちを守りたいからだ。

 理解できないとされるような理想像であり、医学的説明がつく思考や感情かもしれないとは思う。しかし私は、この状態像に名前がつくことが怖かった。生活が変わること、ひっそりとコケやシダの生活史のような存在でありたいという私のささやかな夢が叶わないことが、嫌だった。


 

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