第6話 HeartBreaker

モモは蹴りを食らった脇腹を抑えながら、地面に散らばった裁縫針を再び能力の制御下に起き、それを自身を中心に周回させる。

(1度目は背後、2度目は真横……次はどこから来る?)

 高速で旋回する針が、日光を反射してモモの周囲に光の粒子をつくる。モモは決してベニバナボロギクから目を離すことなく、自分の周りにも細心の注意を払う。



「モモ! 避けて!」

 

 警戒を怠らなかったはずのモモの耳に、道路の向かいにいるハクの声が聞こえた瞬間、


 太陽が、消えた。


 それは、モモの頭上に物体が突如出現したことによる錯覚であった。襤褸布ぼろぬのまとった男が、頭上に現れ、今まさに彼女の首に爪先をめり込ませんとしている。

「上にッ!? 針が間に合わない……!」

 モモは、死を覚悟した。

 しかし、

 

 ばぎゃん!

 と言うけたたましい音がして、モモは打撲痕を増やすことなく軽くはね飛ばされるのみに留まった。

「……ありがと。死んだと思った。」

「間に合ってよかった……」

 モモの首筋には、粉々に割られたガラス塊が知らぬ間に出来ていた。それは明らかに、ハクの能力によって作り出された即席の防護だった。そして……

 モモが咄嗟とっさに頭上のベニバナボロギクに放った針が、彼の纏う襤褸布を、その身には届かずとも、確かに刺し貫いていた。

「……何?」

 

 朱髪の男の表情、その余裕が初めて崩れた。自分の身体が、空中に縛り付けられていて、何より、彼の能力、『ベドウィン』が、発動出来ない。

「『羽矢贄』の能力……尖ったものを操って、刺されたものを、その場に固定する!」

 

男は転移を阻害され、隙を晒すことになった。

「モモ! これ……使って!」

 ハクが叫ぶと、モモの周囲のアスファルトから、ガラスの棘が無数に現れ、叢のように地面を埋めた。

「ありがとう……針だけじゃ仕留められなかったらね。」

 そう言うと、モモは瞑目めいもくし、集中する。口の端から漏れた空気が、すぅーと鳴る。

 すると、生い茂るガラスの棘が根本から折られ浮遊し始めた。

 それらはさながら渡り鳥のようにきりの形に並び、それらその物が巨大な針を形成した。

 無数のガラスの棘が1つの針を作り上げるさまに、ハクは静謐せいひつなモスキートーンを幻聴した。


 

「『羽矢贄はやにえ』――――」


 

 巨大なガラスの針の先端が、…動いた。


 

串刺し行軍トゥルゴヴィシュテ!!」


 

 ガラスの棘の群れが、ベニバナボロギクを轢き潰さんと突進した。

 ガラスが割れ、地面を擦り、激突する……凄まじい轟音が響き、土煙つちけむりが晴れた後には、そこには……真新しい血の雫が、数粒だけと、空中に固定された、引きちぎられた布の端切れ。

 それが意味するところは、ベニバナボロギクが棘の刺さった布を力ずくで引きちぎり、能力を発動させ回避したということだった。

「避けられた……!」

 モモが周囲を見渡そうとした時、


 

 転移したベニバナボロギクの拳が、ハクの鳩尾みぞおちに上向きに食い込むのを、彼女は見た。

「がっ……ひゅ……」

 ハクの喉から否応なしに息が漏れ、内臓が傷つく不快な激痛が彼女の胴体を駆け巡り、思わず膝をつく。

 ベニバナボロギクはハクの身体を追い打ちのように蹴り飛ばして足元の花壇に打ち付け、モモの方を振り返った。

 

「流石に一時は驚いた。俺の能力、『ベドウィン』……相手の意識外の座標に転移することが出来る。しかし転移そのものを防がれるとは、思いもしなかった。」

 

 彼の身体には、数本のガラスの棘が深々と突き刺さり、棘が刺さらずとも喰い込んだのであろう円い傷がいくつもあった。――しかしそれだけだった。あれほどまでの殺意の群れをぶつけても、漂泊者は依然そこに立っている。

 

「さしずめ、固定の能力か。惜しかったな。攻撃の前に、俺の身体を刺すか、そうでなくてもさっきの棘の群れ……その先端の何本かにでも固定の力が込められていれば、俺は死んでいた……現実は、そうはならなかったがな。」

 

 襤褸布はまたしても掻き消え、視界の端に何かがちらと動いたと思った瞬間、モモの喉元に、貫手ぬきてが放たれる。

「ーーーーッ!!」

 モモは声にならない悶絶をしながらも、ハクが座り込む花壇に駆けて距離をとる。彼女はガラスの破片を、自分とハクをドーム状に包むように再度旋回させ身を守る。頭上でさえも、転移することを許さない攻撃にして防御。先刻のような攻撃は出来ない。




 その時、見つけた。モモの視界の上の方……土気色の襤褸布が、確かにそこに転移している!

 

「今度は……絶対に逃がさないッ!」

 少女は裂帛の気合いと共に、貫手によって罅割れた叫びをあげながら、ガラスの棘をそこに殺到させる。

 襤褸布は磔刑を受けているかの如く、空中に釘付けにされ、モモは……


 ばたりと、地面に倒れ込んだ。




「……焦ったな。」

 その背後には、朱髪の男が、拳を放った姿勢のそのまま、二足で、居た。

 周囲を飛び回っていたガラスが速度を失い、雨のように落ちた。

「……な、なんで……なんでそこに! モモは確かに刺したはず!」

 ハクは、目の前の光景が、唯信じられなかった。

 

「簡単な話だ。空中に転移した直後、布だけを置き去りにして背後にもう一度転移した。それだけだ。」

 褐色の筋肉に包まれた上半身を晒しながらも、男はハクの脇腹に痛烈な蹴りを放った。

「あっ……ああああ゛あ゛!」

 蹴り飛ばされ、花壇に背中を強く打ったハクに、もはや動ける力など、残されていなかった。



 

 ベニバナボロギクは、もう1人……横たわっていた緑髪の少女に近づき、その首元を狙って足を持ち上げた。



――――――

 


『何故私たちがこの身体で生まれたのかは分からない。 どういう理屈で生まれたのかも、誰かの意思が介在しているのかもね。』





 

 しかし、少女の身体が、分厚いガラスに包まれる。色の無い屈折が、小さな身体を包む様は、魚や蛙の揺籃たまごのようにも見える。ベニバナボロギクが振り返ると、そこには……よろよろと立ち上がる、ハクの姿があった。ダメージが蓄積したその身体は、本来立ち上がることも叶わないはずだった。しかし、その赤銅色の瞳だけが、その立ち姿の弱々しさを塗り替えて余り有る程の生命力を孕んでいた。

 

「……まだ動けるとはな。お前たちには驚かされてばかりだ。」

 そう言いながらも、朱髪の男の「音」は冷静さを全く欠いておらず、静かに殺意をその目に宿している。

 ハクは、口許から血を垂らしながらも、敵の姿を確かにその目に捉えている。


 

「……私の、生まれた意味を……私の、産まれた理由を……誰も知らない、のなら……」

 

 ハクは、力が入らず震える手から、ガラスを作り出した。それは細く美しく伸びて、一振の刀となった。


 まだ体温の伝わっていないそれをぐっと握りしめ、叫んだ。

 

「私が生まれてきた意味は! その子を守って死ぬ事だって…信じてみたっていいはずだ!!」


 ――ベニバナボロギクは目を見開いた。が、その目はすぐに冷たい漂白者の目に戻った。

 

「……好きにしろ。お前がこの子供の寿命を30秒かそこら伸ばすために死んだとしても、そうしないとしても……2人とも俺に殺されるという事実は揺るがん。」



「うおおおぉぉォォーーーーッ!!」

 ハクは、自分の背後にある花壇に足をつけ、その壁面からガラスの柱を横向きに生やした。ガラスを発射台のように使い、自分の身体を敵の方へと打ち出したのだ。

 

「なッ……」

 ベニバナボロギクは驚愕しながらも冷静で、ハクの背後に転移、そのまま首筋を貫こうと指を揃えた………… が。




「……そうすると思っていた。……今、お前も『焦った』。だからきっとそうするって思ってたんだ……。」

 ベニバナボロギクは見た。振り抜かれた、ガラスの刀。その柄が急速に伸びた。

 それは第2の刃となって成長し……



 ――――ベニバナボロギクの肩口を、確かに貫いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新世界自然記 吾作 次郎坊 @yatsugasira36

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画