第5話 遭遇

……名前。ススキという種類ではなく、一個人を表す名前が手に入ったことに、ススキ……もとい、ハクは暖かい歓びを感じ、形の無いはずのそれを左の掌で握りしめ、何の気なしに右頬を掻いた。

「うん……よろしくお願いします!」

 ハクの赤銅しゃくどうの瞳が輝き、淡い金色の髪が窓を通り抜けた日光の光を無垢むくに反射する。 

「うむ、じゃあ、早速で悪いが、君にはここの周辺地理や施設について理解してもらう為に、ここの近辺を歩いて来て貰いたいんだ。構わないかね?」

 ヤタの声は優しくも、指示は飽くまで冷静だ。しかしそれが、逆にハクに仲間としての本格的な意識をもたらし、彼女は自信に満ちた笑みで答えた。

「んじゃあ、あたし一緒に行くよ。ちゃんと戦えるのここであたしとリツだけだし、リツはお話するの難しいしね。」

「あぁ、頼めるか?」

「もちろん、んじゃ、行こっか、ハク。」

「……うん!」




「ここが図書館。ヤタはあそこにいない時、だいたいここにいる。んで、あっちにある池、今桜が凄い綺麗だから、後で行こっか。とりあえずこっち。シルベが普段いる楽器屋とか、おめでたい事があった時だけ食べるケーキ屋とかがあるんだ。」

 モモは、モールの近くにある施設について、ハクに教えながら歩く。その表情はどこか誇らしそうで、妹の出来た姉のようにも見える。

「そういえば……あたしが何なのか、まだ言ってなかったよね。あたしはモズ。で、渾名がモモね。能力は、さっき見せたけど、尖った物を操る能力で、それで刺したものは……」




 モモの言葉が突然切られ、彼女の目が大きく見開かれる。視線の先には……

 建物の陰からのぞく、だらりとした人間の腕があった。

「ハク、あそこ! 人の腕が見える!」

 モモの話を聞いていたハクも即座にモモの指す方を向き、それを視認する。

「ッ……! まだ生きているかも知れない!急がないと! 」

 ハクは、モモを屋上で目にして駆け出した、あの時と同じ顔でその腕の元へ駆け寄る。




 ハクが建物の陰を覗き込むと、果たして腕の持ち主はそこにいた。

 ぼろぼろの、酷くみすぼらしい少女だった。乱れた緑色の髪は申し訳程度にかんざしでまとめられ、歩道に突き出された腕は血色が悪く、どう見ても健康とは言えない。目は疲れ切り虚ろで、危険な状態であることを半開きの口よりも遥かに雄弁に物語っている。


「モモ、この子……!」

 ハクが切迫した表情でモモを振り返るも、彼女の表情は硬い。

「ハク。その子が敵じゃないって、どうして言えるの?」

 ――――確かに。ハクは少女を見下ろした。この少女が自分たちに害意を持っていないと、どうして言えようか。彼女を連れ帰ることで、出来たばかりの仲間達が危険にさらされないと、どうやって証明出来ようか。

 ……しかし、彼女が本当に疲れきった一介の少女である可能性も、まだ誰も否定できない。浅く息を吐く少女を見つめながら、ハクは少しの間考えて、言った。

「私は……それでも、モールの皆を信じてたい。あの人たちなら、もしこの子が敵だったとしても、私たちを騙そうとしていたとしても、何とかしてくれるって……まだ、あの人たちの能力も知らないけど、それでも信じてみたい。」



 モモは満足気に少し目を細めた。彼女とて、少女を見捨てるという選択肢をとることはとても難しい事だったがために、ハクの決断は彼女にとっても有難く、そして納得のいくものだったからだ。


 

「うん。あたしもそう思う。んじゃ、ふたりでこの子、運んで行こっか。」

 モモは少女に歩み寄り、少女の身体を優しく持ち上げながら声をかける。

「大丈夫? 話せる? 今、安全な所に運ぶから……ッ!?」

 モモの目がまたしても驚愕に見開かれる。その視線の先には、少女のちらりと見える腹部……そこに刻まれた、痛々しい打撲痕があった。青痣あおあざなどという生易しいものではない。鈍器で打ち据えられたかのような、内出血の後だ。すると、少女の口から、掠れた声が出て、かろうじでモモの耳朶がそれを拾う。

「にげて……ころ、されちゃう……ぼろぼろの、あかいひと……」

 それだけ言って、少女の身体から力が抜ける。

 

 モモがそれに反応しようとした、瞬間。




 ハクの身体が反る形にひしゃげ吹き飛ばされ、道路の向かいのタイル壁に激突する。そして、コンマ数秒前までハクが立っていた場所の少し後ろに……男。

 

 それは、見知らぬ男だった。

 端だけが緑色をした土気色の襤褸布ぼろぬのを身にまとい、その下は機能性を追求したヒューマノイドのようなしなやかな筋肉で飾られている。この世のどんな夕陽よりも朱い髪が、短く切られて微風に震えている。男はモモを見据え、しかし仕掛けることなくただそこに立っている。




「ご……ふっ」

「ハクッ!…『羽矢贄』!!」

 モモのベージュの上着の下から、仕込まれていた裁縫針が飛び出し、新しい仲間を傷つけられたモモの激情を代弁するかのように、凄まじい速度で男へと飛んでいく。……しかし




 ――――『Bedouin』。


 そう男が呟いた瞬間、その姿が掻き消える。男のいた場所に残されたのは、一瞬前まで存在していた質量が消失したことによる気圧の変化が起こした砂埃だけだった。


 そして、モモの脇腹に、男の肘が突き刺さった。

「がっ!? ああ゛っ!」

 モモの頭が激痛と、理解の及ばない現状に星を散らす。数メートル先にいたはずの相手が自分の横になんの前触れもなく現れ、自分に攻撃をしたのだ。

 ――――まただ。ハクを蹴り飛ばした時と同じだ。


 

「……申し訳ないとは、思っている。」

 男が静かに乾いた唇を開く。しかしその声は、声と呼ぶにはあまりにも無機質であり、音と呼んだ方がいくばくかしっくりとくるようにさえ感じられる。

「しかし……我々がこの地に、真に根を下ろす、そのためには…お前たちには『枯れて』貰わなければならない。」

 男はまたしても、自分からは仕掛けずにただそこに立っている。

「『我々の願いを果たすためには、血を浴びる決意をしなければならない』……俺の友人が、よく口にしている言葉だ。……その言葉通り、俺は今からお前達の鮮血を浴びる。」

 ハクが起き上がり、痛みに耐えながらも自分をキッと睨んでいるのを一瞥いちべつし、男は告げる。

「俺の名前はベニバナボロギク……今から、罪なきお前たちを殺す。」

 

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