第4話 迎合

「おー。背ェが高くてあちこいのぉ。今度おっぱッでぐれ。」

 視界に、眼。ダークグレーの大きな瞳が、金色の白眼と協同して金環を成しているのが見える。

「え、と……ススキです。よろしくお願いします。」

 とりあえず、その眼に挨拶をする。すると眼が離れていき、眼の持ち主たる少女が私の前に現れる。


 随分と、幼い子だ。小さな顔の中で、小さな頭、丸い顔、華奢な身体が、鉄錆色の服とは何となく対照的に感じられる。襟元から覗く素肌が周囲の色のせいで卵色に見え、どこか艶かしい。……しかし、なんとなく、気のせいだろうか、不気味に感じられる子だ。


「ヤタはおいねぇいけないね。何も言わねぇで行っちまったよぉ……おらはヒバカリ。ネエって呼んでなぁ。」

 そう言ってひらひらと振られるその手首には、何故か、腕時計が左右3つずつ、男物女物問わずに着けられて、寸分違わず時間を刻んでいる。

 ……つくづく、不気味な感じであるが、ここに味方としている以上は信頼できる人なのだろう。そう考えて、ヒバカリ、ネエという名前を反芻していると、ネエが近づいてきて、無邪気な顔で聞く。

「なぁ、今何時かわがっか?」


 

なぜ突然、時刻? 私は、この世界に生まれてから一度も時計を意識して見ていないし、時計や時刻については知識として持っているに過ぎない。当然現在時刻なんて分からないので、

「……分かりません」

 

 すると、ネエの口が更に深く下弦を描き、目が純粋な喜びに輝く。

「へぇえ? ほうか、わがんねぇよなぁ…………みぃんなそうだ。時間はずっっと、1秒1秒進んでんのに……時計を見たとぎだけ、時間がぐぅっと進んでるようなきがすんだ。ここのみんなも、頭のいいヤタも。……そしておめぇも。そうだっぺ?だがらおらは、おらだけが時間を1秒ずつ見てるって思う時、楽しくでしがだねんだ。」

 ネエは時計を自分の頭上に掲げ、口の端を上げる。

 遠くの窓からさした陽光が時計版に反射し、喉元を楕円に照らす。


「ちっつくたっつくちっつくたっつく……あはぁ。」


 

 喜びに歪んだ口許が、時計の秒針を真似る。



 

「あ、あのっ!」

 秒針の音を真似続けるネエの姿を見て呆気に取られていると、肩越しに声がする。振り返ると、5メートルほど先に女性がいて、こちらを見ている。

 鮮やかな紫髪を、黄色い紐を用いて頭の後ろで結び、額には白いサンバイザーをつけている。肌の露出を極限まで抑えた服の前で、手袋を着けた手が、もじもじとしている。

「わ、私、ツリフネソウです。リツって呼んでください。……その、よろしく、お願いしますね。」

 緊張をみせながらもふわりと笑うリツの笑顔は、ヤタやネエといった変人たちを見て芽生えた、「こんな感じの仲間ばかりなのだろうか」という心配を、やさしく洗い流していくようだった。マトモな人もいるものだ、と1歩足を踏み出し――



 

「……近寄らないでッ!」



 さっきまでの柔らかい雰囲気からは想像もつかない硬質で鋭い声が空気を切り裂いて私の鼓膜を刺し、反射的に足を止める。驚いてリツの顔を見ると、さっきまで私に笑いかけていた薄い唇がわなわなと震え、目が恐怖に見開かれている。 


 埃が日光に照らされた床に舞い落ち、そして沈黙した。

 

「……ご、ごめんなさい、私……」

 やっと絞り出したような声が、広場をほんの少しだけ震わせる。……わたしは、何かまずいことをしたのだろうか。いつでも逃げられるように片足を後ろに出しているリツに声を掛けかねていると、



「リツには近づかないであげてくれ。それだけ覚えておいてくれればいい。君が意地悪しようって考えたわけじゃないことは、彼女もわかってるはずだ。」

 

 また別の声が、今度は私の横から聞こえる、見ると……私よりも一回り小さい少年が、その首に少し角度をつけながら、私を見ている。

ひとまずリツに目を向け直すと、彼女は少し眉を下げながらも、笑いかけてくれた。安堵して、少年に目を戻した。

 

 身体付き、顔立ちは何とも幼いが、目の下に刻まれた疲労の跡と、くたびれた深緑の上着、そしてリツよりも深い色のボサボサの紫髪が、彼の子供らしさを完全に打ち消している。

「僕はキランソウ。渾名はシアイだ。……まぁ、仲間になったんだ。仲良くしよう。」

「よ、よろしくお願いします……」

「あぁ、よろしく。」

 どこかぶっきらぼうではあるが言葉は柔らかく、見た目に反して話しかけやすい印象だ。もしかしたら、この少年が1番話しかけやすいかもしれない。

「……いや、今から言うことは僕のなんて事ない独り言として聞き流して欲しいんだけど…………また女性か。ここ、僕以外の男性が……"アレ"だけだから……なんというか、少し……息が詰まるんだよね。いや、君になにか文句を言おうってんじゃないんだけど……」

 なんとなく、言わんとしていることはわかる。仲良くできる男性がいなくて、肩身が狭いのだろう。彼以外の唯一の男性なのだろうヤタは……あんな感じだし。気まずそうに言うシアイの顔に、毒気はなかった。




「終わった?」

 私が奇妙な初顔合わせを一通り終えた後、食料品売り場で暇を潰していたモモが、彼女の背後に現れた。

頬と耳朶みみたぶは未だ薄紅色で、私はそれを見ないフリした。

「終わりました……多分。」

「おっけ。じゃあ、最後にやんなきゃいけないこと、やろっか。――――あんたの渾名、決めるよ。」

 

 渾名。

 

『ここでは、名前から敵に不利な諸々を知られないように、簡単な名前を贈りあっているんだ。……それに、自分の名前があった方が、人間気分がするだろう?』

 ……今から、「自分」を表す言葉が贈られるという事実に、プレゼントを抱えた子供のような暖かい感覚を感じる。そんな私を横目に、仲間たちは私の名前を相談し始めている。




 

「ススキだから、スウちゃんなんてどうでしょうか?」

「却下だね。そのまますぎる。せっかくの渾名なんだ。もっと捻ったやつにしてあげたいよ。」

「えっとなぁ、おらはレイってンがいいな! 何となくよ!」

「人の名前何となくで決めちゃダメでしょ。そうだな……あたしは……」


「決まらないなら、私から1つアイデア……いいかな?」

 ヤタが……さっき私をおざなりに紹介してどこぞへ行った黒衣の男が戻ってきた。彼はそのアイデアとやらに自信があるのか、身長の割に幼い顔を不敵な喜色に染めている。

「やっと戻ってきたか。……どこに言ってたかは聞かないよ。どうせ本屋だろうから。 何してたんだ?」

「いや、なに……ススキ君と話していたら、我々の根本についての何かが分かりそうになってね。本屋でしばらく唸っていたが無駄だった。それで、そろそろ渾名を付けあぐねている頃合だろうと戻ってきたのさ。」

「そんで……アイデアってあにさ?」

 ヤタは、私の方を身体ごと向き、高らかに発表した。

「私が挙げるのは、『ハク』! ススキの漢字……『薄』の部首の音読みだ。何とも洒落ていて、ピッタリだと思わないかね?」

 

 正直、私は、仲間達が上げたどの名前でも、喜んでそれを名乗っただろう。しかし、シンプルなその二文字は、まるで型の符号した血液のように、私の存在そのものに、馴染んでいくかのようだった。

 

「上手いこと考えてやったぞ感がイヤだけど……いいんじゃない? あたしはそれに賛成。」

「いい名前だと思いますっ……私も賛成です!」

「いがっぺいがっぺなぁ! ぉんだらハクちゃんできまりがね?」

「いいんじゃないか? 名前から情報を得られないようにするという目的は果たせているし、シンプルで良い名前だ。」

 

「……よし、決まりかな。ということで、改めて、我々の一員として、これからよろしく頼むよ。ハク。」

 

 


 


 

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