第3話 埋没
『
カッターが喉元に、ペーパーナイフが眉間に、待ち針達が全身に……私に向かって飛んでくる。
なぜ突然そんなことをするのかも、それがどうやってなされているかも考えられず、咄嗟に固く瞼を閉じて腕を顔の前で交差させる。
――――――身体が、動かない。交差した腕は毛ほども動かず、閉じられた
目覚めた時よりも強く底知れない恐怖が私を包んだ。パニックになり叫ぼうにも、声を含んだ吐息の出る先がなく、喉元がもごもごとなるだけで声が出ない。モモさんがなにかしたのだろうか? 仲間になろうというあの言葉は嘘だったのだろうか?……私は、死ぬのだろうか?……空回りな思考をする脳が、無駄に力む筋肉が、どんどんと酸素を無駄遣いし、意識が遠のいていく――
「まずいぞ……モモ、頼めるか?」
「え。……あたしヤだよ。ヤタがやればいいじゃん。」
「私にはできんよ。 何よりそれはそれは彼女にとって酷だろう? これは、君にしかできないんだ。」
「だって、あたし、したことないし……」
「これは……ほら、ノーカウントだよ。人命救助だからね。だから、頼む……。 あまり時間もない。」
「…………………………わかった。でも、もし言いふらしたら、殺すから。」
……!……くん!……ススキくん!」
「はっ」
目を覚ます。甘い空気が肺を抜けていく感覚がある。……死んでいない。知らない間に横向きに寝そべっている身体を少しずつ動かし、何が何だか分からないままに安堵の息を吐く。
「何が、起きたんですか?」
「あー、君の能力がなんであるかを試すために、モモの能力『
そう言われて、自分が直径2メートル程のガラス塊に寝そべっている事と、その近くにガラスを割るのに使われたのであろう、チェーンを引きちぎられた鉄製のポールが落ちていることに気づいた。なるほど、展望台で私の手を切ったのは私自身から出たガラスだったようだ。
……なんだろう? さっきからヤタがなんだか気まずそうにしている……そういえば、モモは? 辺りを見回すと、ファストフード店の前でそっぽを向いてしゃがみ、耳を真っ赤にしているモモさんを見つけた。
「彼女の事は気にしないであげてくれ……あー、その……お腹が痛いようだ。」
どうやら頭は良くても嘘をつくのが致命的に下手なようだ。そんな風貌しておいてそこまで目を泳がせる奴があるか。しかし何故モモさんがああなっているかは分からない。……でも私が原因なのだろうは分かる。しかし、「気にするな」と言われている以上、理由を聞くのも良くない気がする。
「そんなことより、だ。」私がモモさんのことを訝しげに眺めていると、ヤタがまた意味ありげに喋り始めた。 ……1度彼の本性を知ってしまうと、あまり意味ありげな感じもしないが。
「君は切断を使うと思ったんだがなぁ……まさかガラスそのものとは。 しかし――」
ヤタは腕を組んで瞑目し、体を左右に振っていたが、はたとその動きを止め、こちらをじっと凝視し始めた。
「――――――しかし、硝子を扱う能力……なんとも、なんともなんとも、……面白そうじゃないか」
……すごく、嫌な予感がする。
「ススキ君。一つやって欲しいことがあるんだが……」
「嫌です」
「話だけでも聞いてくれ。君の能力が判明し、曲がりなりにもそれを行使できている……これから我々にどんな苦難があるかも分からない……だから、来るかもしれない時のために、その能力の詳細を知っておくべきだと思うんだ!」
やっぱりだ。 こう来ると思った。
「最もらしい事言うのはやめてください! 絶対あなたが知りたいからってだけでしょう!」
何となく、目の前の黒衣の男について分かってきた。……彼は本当に聡明なのだろう。しかし同時に、何か知る事が好きなのだろう。それもたまらなく好きなのだろう。好奇心が理知的な印象を塗りつぶし、虫取り少年のような印象をもたらしている。
「だが、詳細を知っておくべきなのは事実だろう? さぁ! 君の能力について調べさせてくれ!」
「うぅ……」
――――
慣れない能力を使い続け、疲れきった身体をフードコートの机に投げ出す。
「も、もういいですか……?」
「なるほどなるほど……生成できるサイズも、精密性も高い。それに速度もなかなかだ。あぁ、ありがとう。いやぁとても面白い能力だったよ。実際の戦闘でもかなり使えそうだ。」
そう言ってヤタはルーズリーフバインダーにメモをし終え、私の方を向き直ると、モールの奥の方を指さした。
「今、モモが仲間たちを向こうに集めているはずだ。私と彼女以外とは初顔合わせだね……」
そうか。他にも私の仲間はいるのか。……ヤタみたいな人達でないことを祈るばかりである。
仲間の元へ連れて行ってくれているのであろうヤタの後ろを歩きながら、私はふと浮かんだ疑問をヤタにぶつけてみる。
「この能力って、一体なんなんですか? 私たちって他の生物だけど、身体は普通の人間のはずですよね?」
横を歩く私をちらと見るヤタの目が、輝いた。
「いい質問だ! これはなんの証拠もない仮説だが、この能力の根源は、生命そのものだ。 人間の身体に、人間でない生き物の命を無理くり吹き込んでしまったが故に、体内に収まるはずの生命が漏出し、それぞれの本質である生物の生態や伝承を元にした能力が発言している……と、私は考えている。 のだが……」
そこで1度言葉を切り、ヤタは顎に手を当てた。
「結局、何故私たちがこの身体で生まれたのかは分からない……。 どういう理屈で生まれたのかも、誰かの意思が介在しているのかもね。 それに……」
そして彼は、少し眉を下げて微笑んだ。
「この仮説が正しいとなると、我々は生命を……つまり寿命だとか、健康だとかそういうものを燃料として使いながら能力を使っていることになる。 だから……個人の気持ちとしては、間違った仮説であることを望んでいるよ。 」
「……なんか、よくわかんないですね。」
「そうなんだよ……ただ分からないからこそ気になる。君もそんな質問をしたんだ。自分が何か、どうしてこうなったのか、知りたかったのだろう? 口に出したら何か思いつきそうだな……もう一度、しっかり考えてみようか……」
ヤタと私は、一階のエスカレーターの傍、吹き抜けの下の広場に設えられた、高さ30センチもない小さなステージの上に乗った。ステージの下から私を見る姿が……4人。この中に、シルベさんも居るのだろうか?
「よし!シルベ以外全員いるな。この度、我々に新しい仲間が加わることになった! ススキ君だ! 以上! あとは個々人で挨拶してくれ!」
……緊張している私を案じてくれたのでは無いことは分かる。ヤタはさっさとミーティング(?)を切り上げ、何やらブツブツ言いながらモールの2階へ消えていった。というか、シルベさんは居ないらしいし、それについて誰も文句を言わない。どうやら自由人というのは本当らしい。
とりあえず、私がヤタに付き合わされている間に立ち直ったらしいモモさんの方を向く。
「さっきはありがとう……。そ、その……大丈夫?」
「大丈夫。あれはノーカン、そう、ノーカンだから。」
モモさんの切れ長の目から、有無を言わさないという圧力を感じる。一体、私が意識を失っている間に何があったのか……
モモさんに何があったか聞くことなんてできるはずもなく、何も言えないでいると、突然肩を叩かれた。
振り返ると、目前に、眼。
「おー。背ェが高くて
声の主は……凄く強い訛りのある口調で、話し始めた。
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