第2話 邂逅

「ようこそ……突然だが、君は何かな?」

 ヤタと呼ばれていた、黒衣の男。彼の黒い瞳が私を捉え、そして口を開いた。 ……黙っておくことは出来ないと感じながらも、彼の質問の意図が掴めず、答えられない。

 

「え……と……」

 

「あー。すまない。君は起き抜けだったな。うむ……君が、目覚めた時、自分の名であると漠然と理解していた単語があるはずだ。それを教えてくれないか?」

「ススキ。……です。」


 ヤタの瞳、真っ黒いその円形に、少しの光が瞬いた気がした。

「もうひとつ聞く。なぜ、ここにいる彼女を、何の確証もなく、見ただけで助けようと思った?」

 そういうと、ヤタは傍らに立つモモをその目に映した。

 

「なぜって……深い理由はないです。今、死ぬかもしれない人がいて、それを自分が助けられるかもしれない。そう思ったら、助けるしかないって思った……です。」

 続きの言葉が思いつかず、しり切れとんぼに言葉を切る。

「そうか、そうか。シルベ。ドライバーを離してくれないか。」

 

「はいよー。良かったね。とりあえず敵じゃないみたいでこっちも安心だよ。」

 未だに姿を見ていないシルベに肩をぽんぽんと叩かれ、首筋のドライバーが離れていく。……でも、何故だろう。黒い瞳が、まだ私を捉えている。

「な、なんでしょうか……」

「最後にもう一つだけ質問をする……時折ここには、私たちと同類でありながら私たちに害意を持つものが現れる。私達はそれから、互いの身と、平穏を守るためにここにいる。……私たちの仲間にならないか? 無論、無理強いはしないが、君の愚直に人を助けようとする姿勢には、仲間となれたら頼もしいだろうなという好感が持てる。……どうかな?」


 

 悪くない話だと思った。どうせこのままでも行くあてなどない。正直この男は胡散臭くて仕方が無いが、彼の真っ黒ながら光をたたえた瞳と、他の2人の姿が、彼らの仲間にならなってもいいと思わせる。

 

「分かりました。なります」

「即決だな。だが、君ならすぐにそう言うと、何となく思っていたよ。……では、今度こそようこそ。ここの一員として、君を歓迎しよう。」

 ……そう言われてまず、後ろを向いた。私の記念すべき人間とのファーストコンタクトの相手たるシルベさんの姿を見ようと思った……が


 

 そこには誰もいなかった。

 

「居ない!」

 私が目を丸くしていると、モモさんが後ろから近づいてきて、ちょっと目を細めながら言った。私の呆けた顔が面白かったようで、彼女の右の足先がくるくると上機嫌にタイル上に円を描いている。

「シルベは自由人だから。でもいる場所はいつも一緒。後で教えたげるね。」

 ……それを聞いて、なんだか初めて自分が彼らの仲間になったのだという実感が湧き、同時にヤタを放っていることを思い出した。


ヤタは、入口に入って左手にある小さなフードコートの椅子に座り、初めて入るモールを見回す私の方を向いた。

 

 小さなフードコートだ。左側では知らない名前のファストフード店が必要最低限の自己主張をしていて、右側ではたこ焼き屋の看板が、自信満々な売り文句で、居もしない店員の元へ居もしない客を誘っている。

「……改めて挨拶をしよう。私はハシブトガラス。仲間たちにはヤタと呼ばれているがね。ここでは、名前から敵に不利な諸々を知られないように、簡単な名前を贈りあっているんだ。……それに、自分の名前があった方が、人間気分がするだろう?」

「人間気分……」

 気分、つまり彼も、私も、根本から人間という訳では無いということだ。薄々勘づいてはいたが。私はどう見ても人間なのに、私はススキという確信だけがある。 そして、ここにいた人間は恐らく……

 

「君が恐らく考えている通りだ。我々は純粋な人間ではない。私の場合はハシボソガラスという鳥類が、君の場合はススキという植物が、人間の姿をしているのだ。何とも変わった話だろう?」

 

「なら、あなたにはカラスだった頃の記憶があるんですか?」

 聞くところによると植物だった私ならいざ知らず、知能の高さで有名なカラスであればその頃の記憶の一つや二つもあるだろう。

「それが全く無いんだよ。これに関しては私も首を傾げるしかない。何せ我々は、我々についての情報を元々の名前以外何も持っていないのだからね。」ヤタはおどけたように両手を広げて少し仰け反って見せた。

 ここに来て、ヤタの顔を初めてしっかりと見た。 思ったより、幼い印象の顔立ちだった。

 

 ヤタは仰け反っていた身体を戻した。彼が座っている椅子の前脚が、しばし離れていた地面ともう一度触れ合い、が。という音を立てる。

 

 1度俯いて、そうして顔を上げたヤタの顔は、また理知的で底の見えない、私が最初に見た男の顔になった。

 

「そして……これも君が恐らく考えている通りだ。 人間は居ない。影も形も。しかし彼らが消えた原因となりうるだろう災禍の跡はどこにもない。……私は、人間が消滅したことと、私たちという胡乱げな存在が現れたのは、同一の理屈のもとだと漠然と考えている。」

 

 やはりそうか。喜ぶことも嘆くこともなかった。あの展望台から街を見た時に、何となくそんな気がしていた。しかしやはり、只の植物だったはずの自分が消滅したはずの人間として二足で立っている……その事が私の胸に、言い表せない黒ずみを残した。ヤタも何か思うところがあるようで、一房垂れた銀髪を弄りながら考えている。

……




 

 …… 

「当ててあげるよ。君の能力は、切断を扱う能力だ! 違うか!」

「は」

 ――この男は一体何を言っているのだろうか。突然口を開いたかと思えば、人間の末路に思いを馳せていたのではないのか? というか能力ってなんだ。漫画の読みすぎか? 理知的だなんて思っていた私が馬鹿みたいじゃないか。

「漫画の読みすぎですか?」

「違う!  ススキ……つまり植物としての君は、葉の縁にガラス質の刃を形成し、安易に触れたものの皮を簡単に切ってしまうらしい。そして、君のその掌の切り傷……自分の能力で切ってしまったのではないか?つまり君は、何かを切断する能力だと見た! さぁ答え合わせだ! 君の能力を教えてくれ!」

 

 ここで、さっきまでずっと何も言っていなかったモモが口を挟んだ。

「ヤタ。その子、起き抜けって……さっき自分でも言ってたじゃん。気づいてるわけないでしょ。」

 

「まだ分からないじゃないか! なぁ、ススキ君。なんでもいい。ここに来るまでに、何やらヘンなことは無かったか?」

 質問されて、やっと塞がらなかった空いた口が閉まる。そうして自分の浅い記憶を探り……

「そういえば……目を覚ましてすぐの時、見覚えのないガラスが掌に刺さっていました」

「それだけでは判断出来ないな。しかし、気づいていないとなると、確かめるためには……モモ、手伝ってくれるか?」

 そう言うと、ヤタは何故か私から距離をとって行き、どこか面白そうに言った。

「我々は皆、能力を持っている。異能力だとか特殊能力だとか、そう言われるようなものをね。そして、それはきっと君にもある。今からそれを見せてもらうよ。」


 

「あんま気進まないんだけど、しょうがないなぁ。ごめんね、ススキちゃん。ちょっと手荒に行くから。」

 振り返ると、モモさんがそこにいた。……しかし、彼女から感じる雰囲気は、さっきまでの落ち着いた柔和なものとはまるで違うように思える。そして、違うことがもう1つ――

 鋏が、カッターナイフが、無数のまち針が……モモさんの周囲の空間に浮かび、先端を私に向けている。目を見開く私の目の前で、「危険」が、じりじりと近づいてくる。


 

        『羽矢贄』


 

 ――そして、それら全てが、私に向かって飛来してきた。

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