N極的存在とS極的存在


 困惑するチャーリーをよそに、船乗りは言った。


「いいか、宇宙飛行士のあんちゃん。この世界の存在はすべて、N極とS極のどちらかに属すんだ」

「はあ……。SとMじゃなくて、SとNなんだな。いちおう聞くが、人間はどっちなんだ?」

「超S極的存在に決まってんだろ」


 もう片割れがMだったら人間はたいへんサディスティックな存在ということになる。なるほど、環境破壊をして回る人間に相応しい照合かもしれない。だが残念ながら、相方はN。NがNomalノーマルならば、SはSuperスーパーか。いや、それだと人間は「超超極的存在」になってしまうので、Nature自然Science科学かもしれない。などとチャーリーが悶々と考えていると、武器商人が含みのある笑みを浮かべ、人差し指を左右に揺らした。


「まあまあ。まずは一緒にN極とS極を考えようじゃないですか。これは船乗りがもっとも詳しい」

「そうなのか?」


 チャーリーが目をまばたかせれば、「Yes」と船乗りがうなずいた。


「その偉大な発見をしたのは、ある船乗りだったんだ」

 

 遠い遠い過去むかし、ある良眠りょうみん研究家を兼任していた船乗りが帰路についていた。何日も要する帰り道だ。夜になると、男は休憩がてら完璧な寝姿勢の研究を行うこととした。


「ストップ。良眠りょうみん研究家な船乗りってなんだ?」

「船乗りだって色んなのがいる。船乗りは生まれながらに母なる大地の多くを覆う海に生きる人間だ。考え事だってするだろうよ」


 きっぱりと言い切る船乗りに、チャーリーは口をつぐむ。確かに、宇宙飛行士にだって呪詛返しの研究家がいるのだから、良眠りょうみん研究家な船乗りがいてもおかしくはない。宇宙が海になっただけだ。


「……わかった。話を続けてくれ」

「ああ、もちろんだとも」


 良眠りょうみん研究家な船乗りはうつ伏せが良いのか、仰向けが良いのか、腕枕が良いのか膝枕が良いのかと様々な寝姿勢を試した。枕の位置も変えてありとあらゆるパターンを試し翌朝の気分と状態を記録してゆく。

 するとどういうことだ!

 彼は必ず同じ方角へ頭を向けた状態で目を覚ますのだ。薄い毛は必ず頭と同じ方向へ逆立っている。その方角は船乗りたちの道しるべ、北極星ポラリスのある方角だ。どうやら人間は無意識に北極星ポラリスのある方角へ導かれるらしい。よって強制的に北枕となってしまう!

 これがN極因子(以降、N極と省略する)の発見である。N極のNは「なんということだ!」のNである。


「え。NomalノーマルでもNature自然でもなく?」

「そうだ。「なんということだ!」のNだ。そしてそのN極の象徴北極星ポラリスを、我らが船乗りたちは道しるべとしてこの星に意識を向けていた。ここで着目してくれ。この時、船乗りは必ず北極星ポラリスより南にいる」

「ん。待て。おれはつい先日まで、北極星ポラリスの向こうまで航行していたぞ?」

「そう。あんたは世にも珍しい、N極的存在の人間なのさ。だからきっと、この事態を解決し得るゆいいつの存在でもあるんだろうが――とりあえず、話を戻そう」


 北極星ポラリスというものは船乗りたちと反対側にある。あの良眠りょうみん研究家な船乗りが発見したように、「こっち」の北極星ポラリスには人間たちを惹きつけるN極因子がある。ならばその反対側にいる人間たちには「そっち」側の因子、S極因子(言わずもがな、S極のSは「そっち」のSである。以降、S極と省略する)があると考えるのが妥当であろう。そしてN極因子のある方角に存在する北極星ポラリスというものはN極的存在で、その反対側に存在する船乗りというものはS極的存在と言えよう。こうしてN極とS極は世界に出揃ったのだ。

 ふう、と息をついてから船乗りは続ける。


「ちなみに磁石はこのふたつの因子を同時に揃えた稀有な物質の総称なのだが、N極的存在は、高い心的エントロピーを好むんだ」

「なんだって?それって……」


 驚きで言葉を詰まらせたチャーリーに応じたのは、武器商人だ。

 

「そう。銃と一緒なんですよ。北極星ポラリスも、銃も、そしてクラーケンも。実は砂かけババアもらしいんですが、陸地が少なくなったいま、砂かけババアは気にしないで良いでしょう」


 良眠りょうみん研究家な船乗りが発見した通り、N極的存在とS極的存在は惹かれ合うという性質をもつ。

 つまり――S極的船乗りがN極的北極星ポラリスを見いだせたのもこの惹かれ合う性質ゆえだろう。否。見いだしたのではない。のだ。S極的存在の船乗りはすなわち、人間だ。その頭のなかは複雑怪奇で、複雑だ。N極的北極星ポラリスはこの複雑さに惹かれ、その気を引くためにじっと動かずピカピカ光ってS極的船乗りを惹きつけたのである。すべては融合し、自身を宇宙的な存在にするために。

 

 N極的存在とS極的存在の惹かれ合う力は絶大だ。

 重力は宇宙のなかで存在する力のなかでは最弱とされるが、確かに最弱である。N極とS極の惹かれ合う力に振り切られてしまうのだから。惹かれ合い過ぎて、時おり船乗りが道間違えを起こしてしまうくらいだ。

 船乗りは決して北へ行きたいというわけではなく、北極星ポラリスを基準に行きたい方角へ向かっているだけ。だが疲れている時なぞ特に現実逃避をしたくなるもので、そんな心に付け入るようにN極的北極星ポラリスは精いっぱい輝き、手招く。こっちだ、こっちだ、早く食わせろと手招く。だが残念ながら、そうやって正気を失せふらふらと手招かれたS極的船乗りは横取りされてしまうことが多い。――クラーケンだ。


 今度は船乗りが言葉をつぐ。

  

「水底で潜伏していた船乗りよりはN極的で、北極星ポラリスよりはS極的なクラーケンが大口を開けてばくりと食っちまう。しかも奴らは驚くべく進化を遂げている。N極的北極星ポラリスの手招きを振り切るため、三層の皮膚のうちの一番上の皮膚を「N極攻撃軽減膜エヌキョク・バリア」へと発達させてるんだ。実は砂かけババアも砂でバリアを形成してたって言うんだが――まあ、気にしなくていいだろ。いねえし」

  

 纏めるとこういうことである。

 

 N極的存在である銃がS極的存在である人間へ向かう。

 S極的人間の頭が銃になり、銃ゾンビになる。

 S極的(ちょっとN極)銃ゾンビをN極的存在である北極星ポラリスが招き寄せる。

 N極的存在であるクラーケンがS極的(ちょっとN極)銃ゾンビを出迎え、陸地ごとばくりと食う。


 この連鎖によって何が起きたのか。武器商人はその結果へ眼差しを向ける。

 

「ミスター・チャーリー。これがその結果です。生き残っているのはもはや海と銃ゾンビとクラーケン、そして我々のようなほんの少しの人間だけということですよ」


 水面にはゆらゆらとクラーケンの影がひしめき、わずかな陸地には銃頭のゾンビがうろついている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そしてZになる 花野井あす @asu_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画