そしてZになる

花野井あす

変わり果てた世界


 ある武器商人は言った。

「銃がめっきり売れなくなってしまいましたなあ」


 ある船乗りは言った。

「仕方がねえ。クラーケンが相手じゃな」


 小型船の前方に広がる光景を前に、ふたりの男は肯き合う。宇宙飛行士のチャーリーだけが、うなずけないでいた。――燦々と降り注ぐ陽光と、どこまでも続く、海原。その海面からはビルの頭がひっこりと頭をのぞかせ、その周辺には金属片や樹脂辺が散らばってプカプカと漂っている。そこにあったはずの街が無い。そして何より、水面に時おりゆらゆらと黒い影が揺らめいている。そのに、チャーリーは顔をしかめずにはいられない。

 クラーケンというものは、元より人類にとっての天敵だ。海のクラーケン、山の砂かけババア。航海の旅にはイカの干物を吊るし、登山の旅には泥団子を持参することでこれらの脅威の襲来を予防する。いざというときに漁業者フィッシャー・マン林業者ウッズ・マンが何百年と培い受け継がれてきた技で退しりぞける。これが、チャーリーが宇宙へ旅立つ前までの常識だった。

 否。過去形ではない。現在進行系だ。

 だから帰還ポットは一人乗りで、生き残ったのはチャーリーひとりだったのだ。五人中一名のみが生存とは少ないように思われるかもしれないが、そういうものだったのである。だがしかし――その生存率を当たり前とするチャーリーにとっても、これはいくらなんでも、だ。


「なあ。おれが宇宙へ行っている間、何があったんだ?」


 チャーリーの問いに、武器商人と船乗りは顔を見合わせる。そして武器商人が問いに応じた。


「銃ですよ」

「銃?」

「そう、銃が世界をこんなにしてしまったんですよ」


 銃。

 それは古代に滅んだ伝説の武器だ。トリガーなるものを引けば金属の塊が飛び出し、頭をぶち抜く。銃というものはヘッドショットしかと歴史書には記されている。


「なんでそんな古代武器が出てくるんだ。そんなもの、博物館の展示すらあればいいほうだろう?」

「それが――復元されたんだ」


 今度は、船乗りが応えた。

 話はこうだ。

 チャーリーが広大な宇宙で劣化版「インターステラー」をっているあいだ(ちょっとあちこち惑星を巡り、うっかりブラックホールへ吸い込まれただけだ。本棚のくだりはやっていない)、地球では古代武器が華々しい復活劇を遂げていた。最近はハラスメント撲滅だの働き方改革だのと小うるさくなったAIどもの手を借りなくとも、的確に敵の頭をふっ飛ばせる。それも、遠くから確実に。そんな素晴らしい武器に人々は熱狂した。武器商人たちもこれは売れるとして大量に仕入れ、船乗りたちもその運び手として名乗り出る。AIたちは少し慌てたようだが、すぐに何も言わなくなった。ヤツらは知っていたのだ。銃の危険性を。


「銃なんて、ちょっとヘッドショットしかできねえだけの古代武器だろう?いったい何が危険だってんだ」

「ミスター・チャーリー。そもそもヘッドショットしかできないってのがおかしいと思いませんかね?」


 武器商人の言葉に、チャーリーは口をつぐむ。確かに、おかしなことだ。AI制御を受けていても多少のブレがあるものだというのに、銃の弾丸は頭へ向かう。そんなことあるのだろうか。チャーリーは眉を寄せた。


「でもそれが、この状況とどう関係してるってんだ?」

「銃は人の脳を好むんですよ」

「なんですって?」


 正確には、弾丸というものが人間の脳を好んだ。ゆえに、真っ先に頭へ向かう。ヘッドショットしかないのはこのためだ。脳へ向かった弾丸は頭蓋を打ち破り、すっぽりと脳のなかへ収まる。貫通してしまうほどに勢いをつけすぎてしまった弾丸は完全なるミスだ。それでは意味がない。

 弾丸は脳という魑魅魍魎にも等しい、複雑怪奇な場所を好む。弾丸は心的エントロピーという目に視えない複雑さをさらに複雑にする使命を持っているのだ。物的ぶつてきにも心的しんてきにもエントロピーは高くあるべき。宇宙という神にも等しいものが無秩序を正とするのだから。信仰心にも近い使命を抱き、弾丸は飛ぶ。飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。そして融合する。人間を困惑させることでいっそう心的エントロピーを高い場所へと導き、己自身も複雑なものとなるべく合体する。


「待て。そうなると、使用者が危険じゃないあ。もっとも近い位置にいるぞ」

「その通り。そんで、あれこれ自問するヤツほど餌食になりやすいってわけだ」


 断言する船乗りのかたわらで武器商人が大いに頭を縦に振っている。


「そう。それで世界中、大混乱さ。ある意味、これもまた銃の狙い通りだったわけですがね」


 弾丸は人の脳を好む。

 あまりに好み過ぎて、なかには弾丸を飛ばすのも忘れるくらいに無我夢中ですっ飛んでしまい、本体ごとやって来てしまうこともある。そうなれば残るのは頭が銃になった人間たちだ。そして真っ先にそうなるのは、チャーリーの指摘通り、銃のそばにいる利用者たち。気が付けばあちらこちらで銃頭のゾンビが目標ターゲットを狙撃しようとしているのである。

 この由々しき事態に対し銃の開発者たちは、空間断然だとか、多世界出力だとか、重力場操作だとか、様々な対策を打ち立てた。銃と利用者の間にプーリング層を設け、銃から見た人間の脳の心的エントロピーをひどく低く見えるようにする、という策がもっとも有効的のように思われたが――銃のもたらしてくれる効果に対して構築費用が膨大で、使えたものではない。

 しかもその赤い字に開発者たちの頭のなかは怒りと悲しみでいっそう混乱をきたし、銃が好んですっ飛んでくる。銃の対策をする、銃がすっ飛んでくる、銃の対策をする、銃がすっ飛んでくる。もはや銃をすっ飛ばすために対策をしているのか、対策をするために銃がすっ飛んで来るのか。鶏と卵が入れ違いに訪問しているようである。

 

「いったいそれがどうしてこんな事態を招いたのか理解しがたいが……なんだかすっ飛んで来る銃と対策を講じる人間は磁石みたいだな」


 深々と息をつくチャーリーの言葉に、船乗りが「グレイト!」と声を上げた。


「そう!その通り。磁石的関係こそがこの事態を引き起こしちまったんだ」

「……は?」


 とりあえず、船乗りと武器商人の言葉をAI翻訳で平易で理解し得る言葉に変換してやる必要がありそうだ。

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