第34話 夜の気配


野宿を決めた夜。

街門の陰に身を寄せ、アキトは目を閉じようとしていた。


ふと──


ぬるり……とした音が耳に入った。


「……え?」


目を開けると、薄暗い石畳の端に

ぷるり、と小さな影が揺れていた。


スライムだ。


(こんな夜中にも出るのか……!)


野宿している人の食べ物の匂いに寄ってくるらしい。

街中でも、隙間に魔物が残っていることはある。


スライムはアキトの荷物の匂いを嗅ぎつけ、

ぷるぷる近づいてきた。


「……やめろよ、今は寝たいんだけど……!」


木の棒を握ろうとして──

アキトはふと手を止めた。


(いや……もしかして……

霧で追い払えるかもしれない)


大きな音を立てたら騒ぎになる。

街の警備にも怒られる。


なら、魔術で。


アキトは小さく、手のひらを向けた。


集中する。


(怖がらせるためじゃない……

“距離を取らせるための霧”だ)


「水……流れ……散れ……

《ウォーターボルト》……!」


技としては発動しない。

でも──


ふわっ……


指先から白い霧が広がり、

スライムの目の前に薄い壁のように広がる。


スライムはぴたっと止まり、

霧の冷たさに警戒したのか

ぷるりと震えて後退した。


そのまま草むらへ逃げていく。


「……よかった。

これくらいなら……使えるかも」


攻撃ではない。

防御でもない。


ただの霧。


ただ、それでも──

アキトの魔術は少しずつ形になってきていた。


夜の空気は冷たい。

けれど、手のひらにはほんのり温かい自信が宿っていた。


アキトは木の棒をそばに置き、

壁にもたれるようにして再び目を閉じた。


風が静かに流れる。


(……明日は絶対、ギルドに行く)


そう念じながら、

アキトはゆっくり眠りに落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る