第33話 夜の足音
巨大スライム核を手に街へ戻る頃には、
空はすっかり暗くなっていた。
アキトは急いでギルドへ向かったが──
「……閉まってる……」
扉には
《本日の受付は終了しました》
の札。
中は真っ暗だ。
(……また、間に合わなかった……)
宿代は50G。
手持ちは48G。
たった2Gのために泊まれない。
それに──
(……バルドの件、忘れてない)
“飯を奢ってくれた優しい冒険者”に見えて、
魔核だけを盗まれた、あの夜。
あの時、
「困ってるなら泊めてやる」
と笑った顔が、ふっと脳裏に浮かぶ。
アキトは思わず拳を握りしめた。
(もう……あんなのには引っかからない)
今日手に入れた巨大スライム核。
これは絶対に失いたくない。
街門の近く、
雨よけの屋根が少し張り出した石段に腰を下ろす。
夜風は冷たいが、ここなら寝られなくもない。
袋の中の大きな魔核が、かすかに揺れた。
(明日の朝イチで売れば……
宿代も武器もなんとかなる)
そう自分に言い聞かせていると──
カツ……カツ……
靴の音が近づいてくる。
アキトは反射的に身構えた。
「よう、こんな所で寝るのか?」
低い男の声。
冒険者の影が一つ。
ランタンの光が輪郭を照らした。
アキトは即答しない。
声も出さない。
男が笑って言う。
「よかったら、安い宿紹介するぞ。
半額で泊まれる部屋があってな──」
その“親切めいた言い方”を聞いた瞬間、
アキトの背中に寒気が走った。
(……似てる。
バルドの時と……同じだ)
あの時も、こんな感じだった。
困っているところに声をかけ、
優しい言葉で近づき、
そして──盗んだ。
アキトは木の棒を握るように手を固くした。
「……いいです。
ここで寝ます」
それだけ言い、
目を逸らした。
男はしばらく沈黙したあと、
ふっと短く息を吐いた。
「……そうか。
気をつけろよ」
足音が遠ざかっていく。
アキトは胸の奥に残るざらつきを噛みしめながら、
固く握った袋の中の魔核に意識を向けた。
(……もう絶対、騙されない)
そう心に刻むように、
ゆっくり背を壁に預けて目を閉じた。
夜風がひんやりと肌を撫でる。
アキトの“弱かった部分”は、
こうして少しずつ強くなっていくのだった。
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