第32話 濡れた魔物


「……しまった」


宿へ着く直前、アキトは足を止めた。


宿代は──50G。

手持ちは──48G。


あと2G足りない。


(マジかよ……絶妙に足りない……!)


仕方なく、アキトは街の門のほうへ歩き直した。


門兵に軽く会釈して、街道へ出る。


(スライムなら……夕方でもまだ出るはず)


魔術の練習で時間は使ったが、

まだ完全に夜になる前だ。


アキトは草の多い開けた場所に向かい、

木の棒を握りしめた。


すると、ちょうどいいタイミングで

ぷるん、と青い影が跳ねる。


スライムだ。


「よし……頼むぞ、今日の晩飯代」


アキトは棒を構えかけたが──


(……いや、せっかくだし。

水の魔術が実戦でどう出るか試したい)


手のひらを向け、呼吸を整える。


一滴は作れた。

霧も出せた。


なら、この距離でなら──

もしかしたら“何か”になるかもしれない。


「水……流れ……落ち、集え……

《ウォーターボルト》!」


ぱしゅん……


霧と雫の“中間”のような水が、

指先からスライムへふわっと飛んだ。


当たった。


「やった……!」


と思った、が。


スライムはぷるぷる震えたあと──


ぐにゅうううう……っと膨らみ始めた。


「……え? 増えて……ない? コイツ……!」


水を吸ったスライムは、

まるでスポンジが水を飲むみたいに

容積が一気に増えていく。


ぷるん⇒ぷるるん⇒ぷるるるるん!!!


大きさは元の1.5倍。

中の魔核も──目に見えてデカくなっている。


魔導書の知識が脳裏をよぎった。


――スライムは“含んだ液体の性質”で成長する。

――水分を吸うと、魔核も同時に膨張する。


「やば……水、あげすぎた……!」


大きくなったスライムは跳ねる力まで強くなり、

アキトに向かって飛びかかってきた。


「うわっ──!」


横に跳んで避ける。

土煙が上がるほどの衝撃。


(やばい……けど……

デカい核は高く売れる……!)


アキトは木の棒を握りしめ、

息を整えて前に踏み込む。


スライムがまた跳ねる。


タイミングを合わせて──横へすべり込み、

脇腹を強めに叩く。


べちっ!


スライムがぐにゃっと潰れ、

中心の魔核が見える位置に上がってきた。


(今!)


アキトはもう一撃、核めがけて振り下ろした。


べちっ──!


巨大化したスライムは震え、

力なくしぼんで崩れ落ちた。


ゼリー状の残骸の中心に、

普通よりひとまわり大きい魔核。


「……よし!!」


拾い上げると、ずっしり重い。


(これなら……絶対宿代いける……!)


アキトは胸いっぱいに息を吸い、笑った。


(スライムが水で巨大化するなら……

水の使い所には気をつけなきゃな)


水属性の“初実戦”は、思いがけず洗礼になった。


だが同時に──

水魔術の可能性も感じた。


アキトは核を袋に入れ、

街の灯りへ向かって歩き出した。


「……これで、今日は宿に泊まれる」


夕暮れの空が赤く染まる中、

アキトは満足げに歩みを進めた。

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