第30話 揺れる魔力──水は形を選ぶ


翌朝。

アキトは宿の部屋で軽く身支度を整えたあと、

魔導書を抱えて外へ出た。


所持金は──48G。


(昨日、宿代と魔導書で一気に減ったな……

でも、今は魔術のことをちゃんと知りたい)


街の外れ。

魔術の練習場として冒険者がよく使う、人の少ない空き地。


静かな空気が流れており、

魔力の流れも邪魔されない。


アキトは青い魔導書を開き、

昨日は読み切れなかった“水属性の基礎”をしっかり読み込んだ。


――水属性魔術は、最も不安定な属性である。


――熱の方向に傾けば蒸気に、

  密度が薄ければ霧に変わる。


――術者のイメージが弱いほど“形を保てない”。


(なるほど……

火は“灯る”ってイメージひとつで済んだけど、

水は形が多すぎるんだ)


流れる。

弾ける。

溜まる。

滴る。

広がる。

丸まる。


どれも“水”だけど、どれを作るかで魔術の形が変わる。


(本には、最初は“濃い一滴”をイメージって書いてある)


アキトは地面に魔導書を置き、

右手のひらを胸の前に掲げた。


朝日を反射する一滴の露。

丸い形。

重さ。

静かな落下。


それだけを思い浮かべる。


魔力が手のひらに集まり始めた。


火とは違う、

冷たくて細い“筋”のような感覚。


アキトは小声で詠唱する。


「水……流れ……落ち、集え……」


そして、昨日覚えた技名を口にした。


「《ウォーターボルト》!」


……。


……何も出ない。


けれど。


「……っ!」


手のひらの中心で、

わずかな“冷たい震え”が生まれた。


霧のような白い気配が、

ふわりと漏れ出して消える。


「……本にあった通りだ。

イメージが散ってるんだな」


魔導書を読む。


――霧になるのは“形が曖昧”になっている証拠。


アキトは深く息を吸う。


(たしかに……“一滴”を描いたつもりだけど、

頭のどこかで“流れ”とか“波”とか余計なものが混じってる)


水は素直なようで、

実は火よりずっと“扱いの難しい属性”だ。


もう一度、手のひらを見つめる。


(……でも、確かに“水の気配”はある。

前よりずっと強く……芯がある感じ)


今日は霧しか出せなかった。

技としては不発。


それでも──


アキトはどこか満足していた。


「……もう少しだ。

イメージが固まれば、絶対に形になる」


そう呟いて、

魔導書を抱えて空き地を後にした。


水の扉は、ゆっくりと揺れ始めていた。

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