第21話 護衛という仕事と、世界が少し広がる日


ギルド裏の荷馬車置き場には、

木材の香りをまとった中年の職人が立っていた。


がっしりした腕に、道具をいくつもぶら下げた男だ。


「君がアキトくんか。ギルドから聞いとるよ。

ワシは木工職人のハークだ。今日は荷馬車の護衛、頼むわ」


「はい! よろしくお願いします!」


ハークはにかっと笑う。


「そんなに身構えることはない。

今日は隣村まで木材を運ぶだけだ。

まあ、道中で魔物に会わないとは限らんがの」


(……やっぱり油断はできないか)


緊張しながら馬の横に立つと――


「おーいアキト! やっぱり来てたか!」


声のしたほうを見ると、

杖を背負ったリオが手を振って走ってきた。


「え、リオ!? どうしたの?」


「てっきり来ると思ったからな。

護衛って聞いて、俺も少し経験積きたくてよ」


ハークが目を細める。


「おお、同行者がもう一人か。

冒険者が二人なら心強いわい。安全第一じゃ」


リオはアキトの肩をポンと叩いた。


「相棒、今日も頼むぞ!」


「う、うん! よろしく!」


──荷馬車はゆっくりと草原へ出た。


見慣れた草原の風景だったが、

“守る相手がいる”だけで、アキトの視界は違って見える。


(これが“護衛”……

ただ歩くだけじゃない。周りに気を配る仕事なんだ)


しばらく進むと、

草むらでとぷり、と音がした。


「アキト、前!」


スライムが1匹、荷馬車の前に転がり出てきた。


ぷるん……


アキトは棒を構え、すっと前へ出る。


「ハークさん、後ろに!」


「お、おう!」


ゆっくり迫るスライムに向かって、アキトは深呼吸した。


「火……熱……灯れ!」


《ファイアボルト》


火の粒が正確に命中し、

スライムがじゅっと蒸発して消える。


「やるなぁ、アキト。慣れてきたじゃねぇか」


リオが笑うが、アキトは軽く息をつきながら苦笑した。


「まだビビってるけどね……」


「ビビりながら倒せるなら十分だよ!」


その後も、小動物の《ホロネズミ》が荷馬車を嗅ぎに来たが、

リオの軽い風魔術で追い払えた。


──しばらくすると、道が森に近づき、

陽射しが枝葉に遮られて薄暗くなってくる。


ハークがぽつりと口を開いた。


「こうして冒険者に守ってもらうのは久しぶりじゃな……」


「昔は、護衛をよく頼んでたんですか?」


アキトが尋ねると、ハークは頷いた。


「そうじゃ。

……ワシが若い頃は、もう少し魔物が多かった。

特に“属性持ち”の魔物がの」


「属性……?」


リオが説明を引き継ぐ。


「魔物は基本は“無属性”だけど、

魔力が濃い土地だと“属性”を持つ魔物が生まれるんだ」


「え!? そんなの聞いてない……!」


「初心者講習ではまだ出てこないからな。

炎、氷、風、土……そういう魔力を纏った魔物だと、

普通の攻撃じゃ効きにくいこともある」


ハークは遠くを見るように言った。


「風鳴き洞も……昔はもう少し静かだったはずなんじゃがな」


アキトはピクリと反応した。


「……やっぱり、あそこ……変なんですか?」


「最近はよう分からん“魔力の揺れ”がある。

ギルドも調べとるが、まだ原因はわからんらしい」


(昨日、あの奥で感じたあれ……

やっぱり気のせいじゃなかったんだ……)


リオがアキトの横で小声で言った。


「また行くことになるだろうな、風鳴き洞……」


「……うん。もっと強くなってから、絶対に」


そんな話をしながら歩くうちに、

荷馬車は森を抜け、明るい平地へ出た。


ハークが馬を止めて言う。


「よし、もう少しで目的地じゃ。

二人とも、本当に助かっとる。ありがとうの」


アキトは照れながらも胸の前で拳を握った。


(護衛って……思ってたよりも大事な仕事なんだ)


荷馬車は再び動き出す。

その先にある小さな村へ向けて──

アキトの次の経験値と成長が、静かに積み上がっていく。

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