第14話 ウルフに影と初めての宿


ギルドを出たアキトは、胸元に入れた二つの物を指でそっと確かめた。


……依頼書。

……痕跡録音タグ。


「……よし。行くしかない」


レベル4になったとはいえ、ウルフはスライムとはまったく別物だ。

怖い。正直、足は震えている。


それでも“次に進みたい”という気持ちが、アキトの背中を押していた。


──草原奥。

風の匂いが変わる。


(……このあたりがウルフの縄張り)


依頼書の地図に描かれている目印の岩を見つけた瞬間、胸がどくりと跳ねた。


ガサッ。


草が揺れる。


アキトは反射的に棒を構えた。

背中を冷たい汗がつーっと流れる。


視界の端でMPが **6 → 5 → 4** と減っていく。


(やば……怖いってだけで、こんなに……!)


──そして現れた。


灰色の毛並みのウルフ。

鋭い爪。

黄色い目。

低い唸り声。


スライムのような“弱さ”は一切ない。

“捕食者”の存在感だけがそこにあった。


(近づかれたら終わる……!)


アキトは震える手を上げ、必死に声を絞り出した。


「……火……熱……灯れ……!」


《火:ファイアボルト》


小さな火の粒がウルフの足元に弾け、焦げた草の匂いが広がる。


ウルフが身をすくませる。


「う、うおおおおおおおお!!」


勢いで叫ぶ。

何を叫んだのか自分でも分からない。

ただ声を張り上げ、全力で威嚇した。


ウルフは唸り声をあげ――一瞬の判断で後退する。

そして草むらへ逃げ込んだ。


「……っ、逃げた……!」


その場にへたり込みそうになったが、アキトはすぐに思い出した。


(証拠……タグ!)


震える手でタグを取り出し、ウルフがいた地面にかざす。


タグ内部の魔導石が、ふわっと青く光った。


『ウルフ魔力痕、記録完了』


(……これで、証明できる……!)


胸の奥がじんわり熱くなる。


怖かった。

本当に怖かった。

でも、やり遂げた。


アキトはタグを内ポーチに戻し、街へ向かった。


──ギルド。


扉を開けると、セリアが立ち上がった。


「アキトさん……無事ですか!?」


「はい……なんとか……追い返せました……!」


アキトは痕跡録音タグを取り出して渡した。


セリアは魔導装置にタグを差し込み、光の変化を確認する。


青い文字が浮かぶ。


《ウルフ魔力痕の記録を確認。依頼達成》


セリアは大きく息を吐いて微笑んだ。


「……よかった。本当に、よく頑張りましたね」


安堵と嬉しさが胸にあふれた。


「こちらが報酬の《30G》になります」


タグの光が完全に消えた瞬間、アキトは初めて自分の力で“まともな金額”を手にした。


小袋は思ったより重い。


「……これで……」


セリアが優しく言った。


「はい。今日から、宿に泊まれます」


その言葉に、肩の力が一気に抜けた。


「……本当に、ありがとうございます……」


アキトは深く頭を下げ、ギルドを後にした。


──夕暮れ。

街灯が点りはじめ、屋台からパンの香りが漂う。


初めて、宿に泊まれる。


初めて、布団で眠れる。


ようやく“人間らしい生活”が戻ってくる。


アキトはその重みを、拳を握って噛みしめた。


「……よし。今日は休む。いっぱい寝て……また明日、頑張ろう」


小さくつぶやきながら、アキトは宿へ向かって歩き出した。

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