第10話 一枚の紙

# 第10章 消えた魔核と一枚の紙

翌朝。

鳥の声で目を覚ましたアキトは、体が痛いのを感じつつも、少し清々しい気持ちで起き上がった。


「バルドさん……?」


すでに彼の姿はなかった。

焚き火の跡だけが静かに残っている。


(早く出発したのかな……)


そう思いながら、アキトは自分の荷物を確認した。


「よし……魔核は……袋……」


取り出した袋が、やけに軽い。


「……え?」


慌てて中を広げる。


入っていたのは――

昨日拾ったはずの魔核ではなく、

**薄い紙切れ一枚だけ**だった。


震える手で紙を開く。


そこには雑な字で、ただ一言。


**『お代』**


アキトの胸の奥で、なにかがストンと落ちた。


「……嘘……」


息が詰まりそうになる。

昨日の光景が一気に頭をよぎる。


親切にしてくれた。

飯も分けてくれた。

野宿場所も教えてくれた。


全部、

魔核を盗むための“前準備”だったのか。


「……俺……全部……信用して……」


膝が崩れ落ちる。


体だけじゃなく、心まで砂利の上に落ちたみたいだった。


何度も確かめるように袋を振るが、出てくるのは紙切れだけ。


「……くそ……っ」


拳を握りしめたまま立ち上がり、街へ向かって歩き出す。


足取りは重い。

胸の中はもっと重い。


それでも、アキトはギルドへ向かった。


――ギルドの扉が開く。


朝のギルドは人が少なく、静かだ。

受付のセリアがこちらに気づき、微笑む。


「おはようございます、アキトさん。昨日の魔核、換金しますね……」


「……あの」


アキトは、言葉が喉につかえた。


どう説明すればいいのか分からず、ただ袋を差し出す。


セリアは袋を受け取り、中身を確認した。


次の瞬間、表情が変わった。


「……これ……紙……だけ?」


「……全部、盗まれました」


アキトはしぼり出すように言った。


セリアは紙切れを丁寧につまみ上げて読む。


**『お代』**


短い一言。

それだけで、どれだけ悪意があるか伝わる文字。


彼女は眉を寄せながら、静かに息を吐いた。


「……旅人風の男性、でしたか?」


アキトは驚いて頷く。


「はい……バルドって名乗ってました」


「……新人を狙った盗みが、時々あるんです。あなたのように、優しさを信じてしまう方が多くて……」


セリアは申し訳なさそうに言った。


「でも、それはあなたが悪いわけじゃありません。悪いのは、盗んだ相手です」


アキトは俯いた。

悔しさと情けなさで胸が締めつけられる。


何も返ってこない。

あんなに頑張ったスライム討伐も。

あの苦労も。

全部、奪われた。


だがセリアは、そっと続けた。


「……でも、アキトさん。

この経験はあなたを強くします。

あなたは、ちゃんと前に進めています」


その言葉が胸にじんわりと染みた。


アキトはゆっくり顔を上げる。


「……もう一度……やります」


「はい。あなたなら、できます」


そしてアキトは拳を握った。


昨日よりも、少しだけ強く。


頭の中に浮かぶのは――

あの紙切れの文字。


**『お代』**


絶対に、この世界でなにもかも奪われたまま終わらない。


そう強く思った。

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