第8話 閉ざされた扉と無一文の夜


草原から街へ戻るころには、すでに夜風が冷たくなっていた。アキトは魔核を袋いっぱいに詰めて、ギルドへ向かう。


「これだけ魔核あれば……けっこう稼げるはず……!」


期待で胸が少し熱くなる。


ギルドの扉を押す。


……ガチャ。


動かない。


「……え?」


横の看板を見る。


《営業時間:日没まで》


「………………………………マジ?」


アキトは固まった。


日没まで。


それなら今は――完全に閉まっている。


「いやいや……ちょっと待って!? 今日パン買ったから……」


自分の財布を確認する。


小袋の中――硬貨は1枚も入っていない。


パン1個4G。

手持ち4G。

**残高0G。**


「……無一文じゃん」


宿の看板を見る。

最安で50G。


到底泊まれるわけがない。


「いや……どうすりゃいいんだよ……」


街灯の魔導灯は温かく光っているのに、

アキトの胃のあたりだけがキュッと冷たい。


仕方なく街外れの暗がりに向かう。

雑木林近くの地面に腰を下ろす。


「野宿……かな……」


観念した瞬間だった。


「おい、そこの兄ちゃん」


低い声で呼ばれ、アキトはびくっと振り返る。


そこには、

背中に大きな荷物を背負った旅人風の男が立っていた。

二十代後半ぐらい。

ひげ面だが、目は優しい。


「こんなとこで寝る気か?」


「あ、いや……ギルド閉まってて……宿代なくて……」


財布を見せるまでもない。

無一文の雰囲気は隠せなかった。


男は苦笑して頭をかく。


「新人だな? 俺も最初は同じことやったよ」


アキトは恥ずかしそうに俯いた。


「……はい……本当に……なにも知らなくて……」


「まあ聞けよ。野宿するなら、ここは悪すぎる」


男は周囲をチラッと見回しながら言う。


「夜の魔物は昼と違う。スライムみたいな可愛いのじゃねぇ。

ここで寝たら、朝まで無事って保証はねぇぞ」


その言葉に背筋がひやっとした。


「……でも、俺……本当に……お金が……」


「心配すんな。金なんざ取らねぇよ。

困ってる新人を助けるのも、大人の仕事だ」


アキトは目を見開いた。


「……助けてくれるんですか……?」


「当たり前だろ。名前は?」


「アキト……です」


「俺はバルド。まあ適当に呼べ。

ついてこい。風を避けられて、魔物も寄りにくい場所がある」


バルドはそう言うと、気さくにアキトを促した。


アキトは立ち上がり、深く頭を下げた。


「……本当に……ありがとうございます!」


「いいってことよ。ほら行くぞ」


二人は夜の街を抜け、

静かな風の中へ歩いていった。


無一文の夜。

それでもアキトは、

ほんの少しだけ心が軽くなっていた。

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