第3話 初めての依頼
初心者講習が終わり、アキトは受付前のロビーに戻ってきた。講習中は緊張しっぱなしだったが、終わってみれば少しだけ胸が軽い。火花とはいえ、自分の手から魔術が出たのだ。思わず何度も自分の右手を見てしまう。
「お疲れさま」
柔らかい声がして顔を上げると、受付嬢のセリアが立っていた。落ち着いた笑顔。銀色の髪が肩のあたりで揺れ、澄んだ青い瞳がこちらを見ている。
「初めての講習、どうでした?」
「……なんとか、です。火花しか出なかったですけど」
「最初はそれで十分ですよ。大事なのは、ちゃんと魔力が反応したってことですから」
セリアは優しく微笑む。落ち着いた声音は、不思議と心を撫でるみたいに安心させてくれた。
「ところで……アキトさん。ひとつだけ、確認しておきたいことがあります」
「え?」
セリアは少しだけ姿勢を正し、真剣な表情になる。
「新人の方には必ずお聞きしているんです。いま、なにか困っていることはありませんか? 生活、怪我、住まい、人間関係……なんでもいいんですよ。ここにいる間は、私たちがサポートしますから」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
帰る方法。
それをずっと言えずにいた。
アキトは唇を噛んでから、意を決して口を開く。
「……実は、その……この世界の人じゃないんです。帰り方がわからなくて。元の場所に戻れる方法が、あるのかどうか……」
セリアは驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふっと柔らかく微笑んだ。
「……そうでしたか。あなたが異邦の方だとは思っていました。とても珍しいですが、前例はあります。ただ——」
「ただ?」
「帰る方法は、記録には残っていません。けれど……探す手段がないわけじゃありません」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。
「探す手段……?」
「ええ。この世界の知識を持つ学者や、古代遺跡の研究をしている人たちがいます。魔術師協会にも異世界関連の研究者がいます。ただ、彼らに会うには……冒険者として、ある程度の実績が必要なんです」
なるほど。
まずは信頼を得ろ、というわけだ。
「ですから、最初の一歩として——」
セリアはカウンターの下から紙を取り出し、アキトに差し出した。
「こちら、最初の依頼になります。危険度の低い仕事ですが、冒険者としての第一歩になれますよ」
紙にはこう書かれていた。
『草原の外れに出没するスライムの討伐(推奨:新人)』
……スライム。
またお前らか。
「これをこなせば、正式に“冒険者”として認められます。小さな依頼でも、積み重ねれば……あなたの道は必ず広がります」
セリアの言葉は、妙な説得力を持っていた。
帰る方法がすぐに見つかるとは思わない。
でも、生きて、探すためには——
「……やります。やってみます」
「はい。気をつけていってらっしゃい、アキトさん」
こうしてアキトは、異世界での初依頼へ向かうことになった。
帰り道を探すための、最初の一歩だった。
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