第41話 ヒロインを救うのは悪役の役目

「――ぶどうは好きか?」


 そんな問いかけをされたら、迷わず俺は好きと答えるだろう。


 おそらく大半の人は同じように答えるし、もし嫌いと答える奴がいたら、『お前は本当のぶどうを知らない』と無理やりぶどうを食わせて、好きと答えるまでしつこく質問し続けるつもりである。


 その結果、前世では知り合いを失い、飲食店のバイトを何度もクビになったわけだが、まあそれはいい。


 問題はこいつらがどちらのタイプの人間かという話である。


「アスクくん!」


 俺が周囲の賊たちを眺めていると、拘束された状態のサフィラが声を上げた。


「サフィラはぶどう好きだよな?」


「そんなことより、どうして来たの?」


「そんなこと?」


「ここは危ないからダメだよ。早く逃げて」


 質問をスルーされたことはショックだったが、彼女が俺の身を心配していることだけは伝わってきた。


「危ないのはむしろサフィラの方だろ? なんか縛られるし」


「私は大丈夫。人質にされるだけだから命までは取られないし」


 そう言った彼女は笑顔を浮かべていた。

 笑顔なのにどこか儚げで。


「ダメだろ人質は!」


「いいの。これは私が決めた選択だから」


 彼女は覚悟を決めたような瞳を向けてくる。


「いや、ダメでしょ」


 人質になんてされていいはずがない。

 命は取られないといっても、まともな扱いをされる保証はどこにもないのだから。


「まあいいや。とりあえずそこで見ててよ」


「アスクくん?」


 俺はそれだけ言うと、駆け足で彼女の元へと駆け寄った。


「うわぁ⁉︎」


「なんだこいつ⁉︎」


 そして彼女の周りの賊たちを片っ端から殴り飛ばす。武器は持っていないので素手だったけど、それで十分だった。


 なんだかサフィラの戦い方みたいだな。


 そんなことを思いつつも殺気を感じた俺はそちらに視線を向ける。どうやら出どころはマスカレードのようだ。


「……………………」


 先ほどまで黙って俺を観察していた男は、嗜虐的な笑みを浮かべながらも一歩踏み出した。


「どういうことですか?」


 魔力を込めて駆け出そうとした瞬間、ラヴァンダの責めるような声が響く。


「どうしてあなたはお嬢様を助けるのです? これは明確な裏切り行為ですよ」


「――ラヴァンダ、ぶどうは好きか?」


「そんなことはどうでもいいので早く答えてください。あなたは何なんですか!」


「そんなこと?」


 堂々とスルーされて悲しかったが、ラヴァンダがショックを受けていることは伝わってきた。


「説明するまでもないよ。俺はただぶどうとサフィラを大切にしてるだけの悪役だから」


 それ以上でもそれ以下でもなかった。


 確かに原作の俺は組織に所属していたのかもしれないが、今の俺はぶどう第一主義。

 ぶどう畑を踏み荒らした不届きものには裁きを加える必要があるのだ。

 そんな意味で発言したのだが、


「サフィラ?」


 彼女から猛烈な視線を向けられていた。


「アスクくんはぶどうと私を同列で見てるの?」


「そうだけど……」


「……アスクくんのバカ」


「どうして?」


 よく分からないけど怒られてしまった。

 ぶどうと同列ということは、俺の人生を捧げていることと同義なのに。


「分かりました。どうやらあなたは二重スパイだったようですね。つまり敵です」


 ラヴァンダは鋭い目つきでそう言うと、スカートの下からナイフを取り出した。


「下がりなさい」


 今すぐにでも飛びかかろうとしたラヴァンダをマスカレードが制止する。


「あなたでは相手になりません。私が直々に相手をします」


「ですが……」


「――私が刀を抜く。その意味が分かりますね?」


 低い声音でそう告げられ、ラヴァンダは俯いてから一歩下がった。


「では私が相手になりましょう」


 その視線がラヴァンダからまっすぐ俺へと移る。


 強者の佇まいだ。一切の隙はなく、下手に飛び込んだら真っ二つにされてしまうだろう。

 でもそんなことはどうでもよかった。


「なあマスカレード」


 俺は敵の名前を呼びながらも、サフィラが落とした剣を拾い上げる。そして構えると、この質問を繰り返した。


「――ぶどうは好きか?」


「嫌いです。この世で最も」


「そうか。じゃあ本気で行くわ」


 そう言って俺は駆け出した。


 ――ぶどうを害する人間を滅ぼすために。

 




 ――剣先が迸る。


 音が、光が、互いの影がぶつかり合う。

 金属が衝突した時の断続的な金切り音が周囲を支配し、まるで火花が散っているかのように見えた。


 そんな戦いの渦中にも関わらず、マスカレードは静かに笑っていた。

 嗜虐を含んだ笑み。いかにもゲームに登場する中ボスといった態度だ。


 しかし実力は折り紙つきで、動きの一つ一つが正確で無駄がなく、特に攻撃を受け流す際の足捌きに関しては圧巻だった。


 これではサフィラが敵わないのも無理はない。

 原作のルクソールは圧倒的なスピードで翻弄するタイプだったからな。パワータイプのサフィラとは戦い方が違うのだ。


「どうしました? この程度ですか?」


「ワインはさ、ライトボディ、ミディアムボディ、フルボディって表すんだよ」


 一旦距離を取ると、挑発してきたマスカレードに対して高説を垂れる。


「要するにワインの重さってやつだ。ライトボディは軽やかでフレッシュで、フルボディは濃厚で力強いんだ」


「それがどうしたというのです?」


 視線を逸らさずにマスカレードは尋ねてくる。


「お前の剣をワインに例えるとライトボディだってことだよ。軽いんだよ。軽い」


「っ――!」


 そう言った瞬間、澄ましていた顔が一瞬にして歪んだ。


「つまり私が弱いと?」


「ああ。ぶどうを食ってないから弱いんだよ。ぶどうを食ってないから全てが軽い」


「……良い度胸です。では私も本気で行きましょう」


 怒りを浮かべたマスカレードが仕掛ける。


 ――斜めの一閃。


 肩を狙うように剣先が弧を描く。

 俺は咄嗟に腕を引いて受け、刃同士をすり合わせる。


 火花が散り、衝撃で後ずさると、足元の土が吹き飛んだ。

 その土は勢いよくぶどうの葉に突っ込んで、根っこごと激しく揺れる。


「ぶどう!」


 大切なぶどうに傷がついたらどうするんだよ。ふざけんな。

 ムカついた俺は全力で剣を振り下ろす。


 ――一閃。


「な――!」


 刃はマスカレードの腕を掠めた。切断はされていない。ほんの少し掠っただけだ。


 でも確かに剣を届かせることには成功していて、次の瞬間、布が裂けたかと思うとそこから赤い血が溢れる。


「ではこれはどうでしょう!」


 傷を負ったマスカレードは顔を歪ませつつも、攻撃を加速させてくる。


 そこには先ほどまでの余裕はなく、どこか真剣で、本気で俺を殺そうという意思が伝わってきた。


「な――!」


 でも俺にとってはその全ての攻撃が軽かった。


 おそらくこいつは攻撃を受け流しながら戦うタイプだ。相手を攻撃を全て避けて、一方的に痛ぶって徐々に弱らせていく。

 そんな戦法を得意とする悪役に相応しい戦闘スタイル。


 対する俺はバランス型だが、どちらかというとスピードに特化している。

 なぜならルクソールと対戦することを想定して鍛えてきたからだ。


 最低限あいつのスピードに対応できないと、逃走はおろか何もできずにやられてしまうからな。


 ではスピードタイプの俺がなぜマスカレードの攻撃を軽く感じるのか?

 その理由は単純だった。


「――アスクくん!」


 サフィラだろう。

 彼女に力でねじ伏せられて監禁されてきた身としては、とにかく重さに耐性があったのだ。重さにな。


 それが物理的なものなのか、精神的なものなのか。

 どちらにせよ重いことに変わりはなかった。


「軽い! 軽すぎるんだよ!」


「言ってくれますね」


「サフィラの方が百倍重いわ!」


「アスクくん⁉︎」


 ちらりと彼女に視線を向けると、凄まじく重たいジト目で睨まれていた。まずいな、これは。


「ほら見ろ、サフィラの方が重いじゃねぇか!」


 言いながら俺は剣を振るう。


「くっ――」


 切先がマスカレードの左肩に触れ、流れた血が大地を揺らす。


 その後はほとんど一方的だった。


 マスカレードは俺の攻撃を捌ききれずに次第に傷を増やしていく。肩だけでなく、腕、太もも、腹部からも血が流れ、もはや立っているのもやっとなのだろう。


 肩で息をしながらも、それでも戦意だけは喪失していないのだろう。

 目を見開いたまま、構えだけは崩さない。


「なぜその高みへと至ったというのですか?」


 しばらく真正面から対峙していると、不意にマスカレードが問いかけてきた。


「ぶどう食べてるから」


「私は本気で問いかけているのです。なぜですか?」


「なぜって言われてもなぁ……」


 俺は幼少期のことを思い出す。


「強いて言えばそうだな。サフィラを監禁した後に国外逃亡するために強くなった感じ?」


「意味が分かりません」


「俺もだよ」


 正直、自分でもよく分からない。


 元々の予定ではサフィラを監禁した後に国外逃亡するつもりだったのだ。


 そしてそのためにはルクソールから逃げる必要があって、最低限彼と戦えるくらいの力を身につけるために鍛錬を始めた。


 原作の破滅エンドを回避するために、死に物狂いで特訓したのだ。


 それが結果としてサフィラを助けるのに役立っているのだから、人生とは本当によく分からない。


「でも多分ぶどうのおかげだよ。だってぶどうだし」


「ふざけるな! このぶどう狂信者め!」


 初めてマスカレードが声を荒げた。


 そしてそのまま全速力で切り掛かってくる。

 防御を捨てているのか、先ほどまでのような回避を前提とした動きではなく、一直線である。

 俺の心臓を貫こうと一直線で迫ってくる。


「今だ!」


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 それを好機と捉えたのか、周りの賊たちまでもが一斉に襲いかかってくる。

 逃げ場はない。回避できるようなスペースもない。

 四方八方から敵が襲いかかってきて、まさに絶体絶命だった。


「アスクくん、後ろは任せて!」


 その時、背後からサフィラの声が響いた。


 彼女は確か両手を拘束されていたはずだが、大丈夫だろうか。一瞬心配になったが、あのサフィラであればたとえ両腕が塞がれていたとしても問題ないだろう。


「任せた!」


 そう判断した俺は正面を見据える。


「――!」


 既にマスカレードは目と鼻の先にいる。

 次に瞬きをしたときには、心臓を貫かれていてもおかしくはない距離だ。


 でもその動きは遅かった。――遅い。


 おそらく原作のルクソールはもっと速い。それこそ目で追うことはできないくらい。


「っ――!」


 それに比べればこの一撃は十分間に合う範囲だった。


「な――!」


 俺は正面から剣をぶつけ、強引に力で弾き返す。そして大きく後方にのけ反ったマスカレードの懐に潜り込み、その腹部へ一閃を叩き込んだ。


「ぐはっ……」


 大きな血しぶきを上げ、マスカレードの体は地面へと叩きつけられる。

 土煙が舞い、次の瞬間には彼は刀を手放していた。

 否、掴むことすらできなくなったのだろう。


「げほげほげほっ――」


 マスカレードは口から血を吐きながらも、立ち上がろうと試みる。しかし出血しすぎたのだろう。

 立ち上がるどころか、起き上がることすら叶わなかった。


 ――これで決着はついた。


 後ろを振り返ると、サフィラが周りの賊たちを片付けていた。


 地面には呻き声を上げる男たちが横たわっており、今この場に立っているのは、俺、サフィラ、そして――、


「………………」


 彼女の三人である。


 サフィラの専属メイドでありながらも、俺のことを仲間だと勘違いしていた天然の悪役。俺と同じかませ犬。

 そんな彼女に俺は最後の質問を投げかけた。


「ラヴァンダ、ぶどうは好きか?」


「いいえ。私はワインよりもビールが好きです」


「そっか。残念だ」


 それ以上言葉はいらない。


 ラヴァンダはナイフを構えたまま飛び込んでくる。

 俺はその攻撃を交わすと、振り向きざまに後頭部を軽く殴りつけた。


「うぐ――」


 ラヴァンダは呻き声を上げた後、すぐにその場に崩れ落ちる。


 当分目は覚まさないだろうが、命に別状はないだろう。


 裏切り者とはいえ、命を奪うのは後味が悪いからな。反応を見る限りサフィラもそれは望んでいなそうだし。

 改めて周囲を見渡すと、俺はポツリと呟いた。


「……終わったか」


「アスクくん!」


 剣を離した瞬間、サフィラが勢いよく飛び込んでくる。


 拘束はいつの間にか解かれているようで、ダイブするように両手を背中に回してきた。


「うわっ⁉︎」


 思わずバランスを崩しそうになったが、すんでのところで受け止める。


 もし尻餅でもついたら「私は重いの?」と不機嫌になってしまうからな。

 まあ実際重いんだけど。色んな意味で重すぎるんだけど。


「私、もうダメだと思って……」


「ああ」


「未来なんてないと諦めてて……」


「ああ」


「でもアスクくんが助けてくれた。五年前と同じように、周りに敵しかいなかった私を、あなたが――」


 しばらく頭を撫でていたら、サフィラはパッと顔を上げた。

 とろんとした瞳を浮かべた後、そっと俺の頬に手を添えてくる。


 そしてそのまま俺の唇を奪ってきた。


「むっ――」


 口の中を切っていたのか少し血の味がしたけど、それは濃密で温かいキスだった。

 





 こうして悪役の俺は、メインヒロインを悪役から救ったのである。


 ――悪役を退治する悪役。


 一見すると矛盾しているようだが、それ以上にしっくりくる呼び名はない。

 なぜなら俺は主人公って柄じゃないし、ぶどうのことしか考えていない狂人なのだから。


 ――まさに悪役に相応しかった。


 

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