第39話 もう我慢の限界

【Sideサフィラ・ハーツ】

 

 私が命を狙われるようになったのはいつからだろうか。


 はっきりとは覚えていないけど、アスクくんと出会ってから数年後のことだった気がする。


 当時の私は彼と再会することだけを生きる糧にしていた。

 アスクくんは強い魔力を持っている存在だったから。必ず学園に通うことになる。


 だから私はいつか必ず会えると信じて、その時をじっと待っていた。


 でも再会できる保証なんてどこにもなかった。


 いいや、正確には私が無事に生きていられる保証がなかった。

 兄弟は全員死んで、私だけが残されて。いつも命の危機に晒されていたから。


 毒を盛られた回数は数え切れない。

 その度に体調を崩して、寝込んだり、意識を失ったりしたけど、それでもなぜか私は死ななかった。

 そしていつしか耐性がついて、少しの毒では倒れなくなった。


 今日だってそうだ。

 食事には毒が仕込まれていたけれど、私が毒味をしても体調は崩れなかった。むしろいつもより調子がいいくらいだ。


 それもこれも全部アスクくんのおかげだと思っている。


 彼を守りたいという想いが私を強くしているから。彼を失うくらいなら死んだ方がマシだから。


「ごめんね、アスクくん」


 アスクくんには申し訳ないとは思っている。

 睡眠薬を飲ませて眠らせたのは、彼を戦いに巻き込みたくなかったから。


 アスクくんは強い。多分私よりもずっと強い。でも戦えば敗れるリスクもある。可能性はゼロじゃない。


 私にはそれを受け入れることができなかった。万が一にでも彼を失う可能性を選びたくなかった。


 だから眠らせて、彼が眠っているうちに全てを終わらせるつもりだった。


「ごめんね」


 彼一人で農園に来ていれば、きっと平和だっただろう。

 平和で穏やかなスローライフを送れたに違いない。彼の望みが叶ったに違いない。


 でも私がいるせいで争いが生まれてしまう。私は争いの火種だから。


「ごめんね」


 今日は謝ってばかりだけど、本当に申し訳なく思う。

 それでもあなたからは離れられない。離れることなんてできやしない。


 私の存在理由はあなたと一緒にいることだから。


 多分一生付き纏うと思う。一人になんてさせないと思う。


 でもそれだけは許してほしい。


 許してくれなくても、付き纏ってしまう私を許してほしい。

 

 

 屋敷から庭に出ると、事態は想像以上に深刻だった。


 公爵家の護衛、ラヴァンダ、屋敷の統括者。


 彼らが何やら話し込んでいて、その後ろには百人ほどの男たちが跪いていた。

 男たちは同じ色の布を身につけており、風貌からして賊の類いであることは間違いなかった。


 そしてその賊たちに指示を出しているのは公爵家の人間だったはずの彼ら。


 つまりそういうことだろう。薬を盛られたのも、普段から公爵家に賊が侵入していたのも、全ては彼らの仕業だったのだ。


 そんな現実に歯軋りしそうになりつつも、私は一歩踏み出す。そして自分の元専属メイドに冷たく言い放った。


「ラヴァンダ、あなたも裏切り者だったのね」


 ラヴァンダは私の言葉に振り返ると、一瞬目を丸くした後、すぐに俯いた。


 別に信じていたわけではない。

 アスクくん以外の人間なんて信用できないから。


 でもどうしてだろう。何かが胸に刺さったような感覚が私の心を蝕んだ。


「っ――!」


 改めて正面を見据える。私の存在に気づいた賊たちは好戦的な表情をこちらに向けている。


 ――敵しかいない。


 ここにいる全員が私を潰そうとしている。


「お嬢様、降参していただければ命までは取りません」


 緊迫した空気が流れる中、ラヴァンダが言った。


「バカにしないでくれる? 私がこの程度で屈するとでも思ったの?」


「彼らは組織の中でも精鋭中の精鋭です。そしてマスカレード様は組織最強。お嬢様が敵う相手ではありません」


 どうやら統括者の本当の名前はマスカレードというらしい。

 まあそんなことはどうでもいい。私にできるのはこいつらを倒すことだけ。


「上等よ。散々私の命を狙った報いを受けてもらうから」


「お嬢様……降参すれば命までは」


「黙りなさいラヴァンダ」


 私は自分の元メイドを叱責すると、剣を構える。

 全員切り落としてやる。

 私のために、そしてアスクくんのために。

 

 そんな覚悟を胸に私は駆け出した。

 こうして戦いの狼煙は上がったのであった。





「ぶどう⁉︎」


 目が覚めた。

 頭がグラグラする。

 体が重い。


「あれ? なんで眠ってたんだっけ?」


 俺は頭を抑えながらも起き上がる。

 周囲を見渡しても誰もいなかった。ここにいるはずのサフィラの姿すらない。


「なんか騒がしいな」


 カーテンの隙間から見えるのは夜の景色だ。

 にも関わらず外は騒然としていた。金属がかち合う音や、男の雄叫びが反響している。


「……………………」


 音だけで分かる。確実に何かあったのだろう。

 そしてその何かは容易に想像がついた。


「サフィラ!」


 おそらくサフィラが組織の奴らに襲われたのだろう。


 だとしたら、けたたましく響く金属音は剣と剣がぶつかり合っている音だろう。


 ――今サフィラは組織の奴らと戦っている。


 そう結論づけたら居ても立っても居られなくなった。


「サフィラ!」


 思わず叫びながらもベッドから立ち上がる。


「うっ……」


 しかし頭は痛い。体は重い。足元はふらついている。

 体調は決して良好とは言えなかった。


「……どんな薬を盛ったんだよ」


 監禁された時よりはマシだが、ダメージが大きすぎて万全とは言えない。

 薬や毒耐性はそこそこあるので動けはするが、全力で戦える保証はなかった。


「とりあえずぶどうジュースを飲むか」


 瓶の中にはまだ半分くらい残っている。

 俺はラッパ飲みでそれを飲み干すと、服をびしょびしょにしながらも息をつく。


「生き返った!」


 まだ足元はふらついたが、視界が歪むことはないだろう。


 そう思いつつも俺はカーテンに手をかけてテラスに出ると、周囲の様子を確認する。


「――は?」


 するとそこには衝撃的な光景が広がっていた。


「サフィラ?」


 ――彼女が敗れていたのだ。


 金色の髪は乱れ、両腕は縛られ、膝をついている。

 組織の者たちに囲まれて彼女は屈辱的に跪いていた。


「……………………」


 そして周囲には血を流して倒れる者たちが散らばっている。


 一人、二人、三人、四人、五人。

 いや、もっとだ。ぱっと見でも半数以上は戦闘不能に陥っている。


 さすがサフィラだ。しかしいくら彼女でも全滅させるには至らなかったのだろう。


 そして戦闘の余波により、周囲の状況は最悪だった。

 ぶどう畑は踏み荒らされ、屋敷の近くは壊滅状態だった。

 数時間前まで実っていたぶどうが、無惨にも土の上に転がっている。

 俺はその状況に唖然とした。


「――は?」


 ぶどう畑を汚しただと?


「――は?」


 ぶどう畑は汚しただと?


「――は?」


 それは流石にやっちゃいけないだろ。


 百歩譲って人間同士が争うのはいいよ?

 人間は醜い生き物だし、争うのは仕方がないと思う。


 でもぶどうに迷惑をかけちゃダメだろ。ぶどうは無実だろ。それは流石にライン越えだろ。


 でも奴らは平然とぶどう畑を踏み荒らした。決して踏み入ってはいけない聖域を汚したのだ。


「――許さん」


 許せるはずがなかった。複数人でサフィラを取り押さえただけでなく、ぶどうすら汚すなんて。


「っ――!」


 まるで自分の全てを奪われたような感覚だった。頭が沸騰して、それに比例して力が高まっていく。

 怒りが全身を駆け巡り、抑えることなどできるはずがなかった。


「ぶっ潰す」


 もう我慢の限界だ。

 元々倒すつもりだったが、ただ倒すだけで済ませるつもりはない。


「ぶどうとサフィラに詫びろ!」


 そう叫ぶと俺はそのまま二階のテラスから飛び降りた。


 

 こうして俺の、ぶどうとサフィラを取り戻す戦いは始まるのであった。

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