第37話 最後の晩餐
「ぶどう……ぶどう……ぶどう……ぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどうぶどう」
「アスクくん、ご飯だよ」
「ぶどうご飯?」
「そんな料理ないよ」
風呂から上がってしばらく経った頃、夕食の時間がやってきた。
正直、先ほどの出来事で悟りを開いたばかりの俺としては、このまま静かに寝室で瞑想でもしていたかった。
「ほら、行くよ」
しかしサフィラがそうはさせてくれない。
パジャマ姿でにこにこと笑いながら、俺の手を取って引っ張ってくる。こうなると抵抗は無意味である。
そんなわけで、俺は半ば強制的に食堂へと連れて行かれた。
「ここだよ」
「おおー」
食堂はやたら広く、中央には軽く二十人は座れそうな長テーブルが堂々と鎮座している。
まるで最後の晩餐に登場するテーブルのようだ。
――まさか、な。
もし今日の夜に襲撃してくるのだとしたら、あながち間違ってはいないが、やられるつもりは毛頭ない。
「お腹すいたね」
「さっきぶどう食べすぎて結構腹パンだわ」
「もう、食べ過ぎだよぉ」
そんなやり取りをしつつも、俺とサフィラは向かい合うように腰を下ろす。
するとすぐに料理が運ばれてきた。コース料理のような順番のようで、まずはサラダやスープ類だ。
しばらくサラダをつついていると、
「お嬢様、こちらはムール貝の酒蒸しでございます」
現れたのはラヴァンダだった。
黒いエプロン姿の彼女は、淡々と料理を並べていく。
その姿勢は完璧すぎて逆に不気味だ。
「……………………」
思わず目を合わせてしまったが、彼女は何事もなかったかのように視線を外した。
――さすがスパイ。感情の一つも見せないようだ。
改めて感心しながらもムール貝を口に運ぶ。
「……あれ?」
舌の上に違和感が残った。なんというか苦味が強い。
白ワイン蒸しのような上品な香りがしないというか、とにかく俺の舌には合わないのだ。別に不味くはないんだけどさ。
「なあ、サフィラ。これ何のお酒使ってるか分かる?」
俺がムール貝を差しながら尋ねると、
「ビールでございます」
即座にラヴァンダが答えた。
「ビール蒸し? ワインじゃなくて?」
「はい」
「そんな料理初めて食べたよ。サフィラは?」
「私も初めて」
「この辺じゃ有名なのかな」
違和感を覚えつつも、もう一度口に含む。
ぶどう農園なのにワインじゃなくてビール蒸しか。
どう考えてもおかしい。そこは普通ぶどうだろ。
と、内心不満を抱いていると、ちょうどその時。
部屋の扉が開き、執事姿のマスカレードが現れた。
「農園はいかがでしたでしょうか?」
「ええ、想像以上だったわ」
「それは何よりでございます」
マスカレードの問いかけに対し、淡々と答えるサフィラ。完全に公爵令嬢の顔だ。
背筋を伸ばし、堂々とした口調で応じるその姿は、普段の甘すぎて重い彼女とはまるで別人だった。
そんな中、マスカレードの視線が一瞬こちらに向けられる。
「そちらのお料理、お気に召しませんか?」
「いえ、美味しいですよ。ただ、個人的には白ワインの方が好きなだけで――」
その瞬間、空気が張り詰めた。
マスカレードの笑みが、ほんの僅かに歪む。
ラヴァンダの指先も一瞬止まったように見えた。
――あれ? 俺、なんか変なこと言った?
緊迫した空気が流れる中、その沈黙を切り裂くように、サフィラが口を開いた。
「今すぐ作り直して。白ワインで」
「ですがお嬢様……」
「作り直して」
彼女の冷たい声が響く。有無を言わさないその態度に逆らえる人物などいるはずもなく、
「承知いたしました」
マスカレードが完璧な笑顔を貼り付けたまま一礼すると、そのまま退室した。
気まずい空気の中、サフィラは何事もなかったように食事を続ける。
「サフィラ?」
「大丈夫。私が守るから」
それからのサフィラは少し様子がおかしかった。
俺が皿に手を伸ばすたび、彼女は一口だけ味見をしてから、安心したように俺へ差し出す。
そんな行動を繰り返していたため、さすがに違和感があった。
毒味でもしているのかと思うような行動である。
まあ可能性はゼロではない。
食事に毒を盛って、弱られたところで襲撃する。それが一番合理的だから。
というか、普通はサフィラが食事を口にする前に誰かが毒味をするのが普通じゃないだろうか?
なぜサフィラが毒味をして、安全が担保されたものを俺が口にしているのだろう。
どう考えても逆だった。
※
【Sideサフィラ・ハーツ】
――食事に毒が盛られている。
私はアスクくんと食卓を挟みながらも、内心その事実に気づいて焦っていた。
食事に毒を盛った人物がいる。つまりこの中には裏切り者が潜んでいるのだ。
まあそれはいい。後で襲われた時に倒せば良いから。
問題はアスクくんだ。
私は幼い頃から毒への耐性があるけど、おそらく彼は違う。彼に毒の入った食べ物を摂取させるわけにはいかない。
それだけは何としてでも防ぐ必要があった。
だから私が毒味をして、安全だと判断したものをアスクくんに渡している。
――また毒だ。
メインディッシュのポークソテーにも毒が入っていた。これで三つ目である。
やり方が大胆というか、もはや隠す気すらないのかもしれない。
料理人が悪いのか。もしくは料理を運んでいるラヴァンダか。どちらにせよ今日中には分かるだろう。
――絶対に許さない。
私とアスクくんの旅行を邪魔した罪を償ってもらおう。
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