第32話 主人公じゃない

「あ、主人公だ」


 それは学園の敷地内を歩いていた放課後のことだった。


 学園のぶどう栽培事情を調べようと畑の位置を確認していると、ふと視界の隅にルクソールの姿が映った。


「犯人は間違いなく貴族の人間です。ですが本人が犯行に及んだとは限りません」


「従者にやらせた可能性もあるってことか」


 どうやら聖女と一緒に何かの事件を解決しているらしい。

 さすが主人公。今日も順調に聖女ルートを進んでいる。


 ちなみに聖女というのは、その名の通り教会の人間だ。


 世襲制で地位が受け継がれ、教会の象徴的存在なのだが、まあそんなことはどうでもいい。彼女はぶどうとは無縁の人間だからな。


 改めて黒髪黒目の白い修道服をまとった彼女を一瞥すると、俺は考える。


 問題はルクソールが聖女ルートに入ってしまっていることだ。


 このルートの終盤では教会が焼かれ、その火がぶどう畑に燃え移るという最悪のバッドエンドを迎える。


 最終的に二人は結ばれるが、ぶどうは甚大な被害を受けるため、個人的には一番進んでほしくないルートなのだ。


「……………………」


 しかし今の俺には口を出す余裕がなかった。


 近いうちにラヴァンダ率いる暗殺組織から襲撃されることが分かっている状況で、他人のルートを止めに行くほどの余裕はないのだ。


「事件の手がかりは必ず現場にある。行くぞ!」


「そうですね。向かいましょうか」


 二人が修練場へ向かっていくのを見届けると、俺は再びぶどう調査に戻った。


 中庭に差し掛かると、クラスメイトのエコロくんが植木鉢でぶどうの苗木を育てているのを見つけた。


「さすがエコロくん!」


 思わず声をかけると、屈んでいたエコロくんの肩がピクリと跳ねた。

 そして恐る恐るこちらを振り向る。


「ひっ……ぼ、ぼくは何もしてないから命だけは!」


「何もしないって。俺を何だと思ってるんだよ」


「……公爵家の次期当主」


「え?」


「みんな言ってるよ。二人は結婚目前だって」


「そんなわけないだろ」


 俺たちはただ一緒に住んでいるだけだ。


 登校する時も、授業中も、休み時間も、放課後もいつも一緒にいるだけで、結婚とかそういう関係じゃない。ただ常に一緒にいるだけである。


 ――あれ? 夫婦と何が違うんだ?


 そんな疑問を浮かべつつも、俺はビクビク震えているエコロくんの肩をトンと叩くと、綺麗に切り揃えられたキノコヘアが揺れる。


 そんな彼に俺は満面の笑みを浮かべながらも友好を示した。


「大丈夫。ぶどうを愛する人間は全員家族だ」


「ひぃ――」


 余計に怖がらせてしまったようで、エコロくんは一瞬固まった。

 俺のぶどう愛が伝わっていないのだろうか?


「俺さ、人類は全員ぶどうを愛するべきだと思うんだよ。ぶどうを育てて、ぶどうを知って、ぶどうと共に歩むべきだと思うんだ」


「うーんと、どういうこと?」


「俺から言わせれば、クラスのみんなはぶどう愛が足りないね。一日のうち、最低でも三時間はぶどうのことを考えないと」


「それは考えすぎじゃない?」


「そんなことないよ。ほら、エコロくんだってぶどうのことばかり考えてるだろ?」


「僕は実家がぶどう農家だからね。それに最近は悩みが多いし」


 どこか不安そうな様子で俯くエコロくん。


「何かあったの?」


 俺は彼の隣でしゃがみ込むと、植木鉢を見つめながら耳を傾ける。


「最近、ぶどうの価格が乱高下してるんだよね……」


「確かに毎日変動してるね」


「農家としては困るんだよね。生活が不安定になるし、収入が見積もれないから不安になっちゃうんだよ」


「人を雇いづらくもなるよな」


「……うん。だからね。父さん、今後どうするか悩んでるんだ。ちょうど腰を痛めちゃって、続けるのが大変で……」


「そうか」


 どうやら状況は深刻なようだ。


「僕は後を継ぎたい。でも今の情勢じゃ難しいんだ。学園にも通わなきゃいけないから、つきっきりで畑を見ることもできないし」


 学園への通学は義務である。

 休むことはできるが、必ず三年間で卒業しなければならない。

 そして卒業するためには授業に出席して、単位を取る必要があった。


 つまり家業との両立は現実的ではない。


 お手伝い程度ならともかく、跡継ぎとしてじっくり腰を据えてやることは難しいだろう。


 しかしこのままでは廃業になってもおかしくはない。この国から一つのぶどう農家が消失する危険がある。


 そんな状況に耐えきれなかった俺は声を上げる。


「俺にできることがあれば何でも言ってくれ。もし人手が足りないなら手伝いに行くし、最大限協力するよ。あ、そうだ! サフィラに頼んで人を派遣してもらうのはどう?」


 良い案だと思って提案したのだが……、


「そ、それだけは勘弁して!」


 全力で拒絶されてしまった。


「公爵家に頼るのは最後の手段だよ。それまでは精一杯足掻いてみる」


「そっか」


 彼には彼なりの考えがあるのだろう。


「人手が足りなかったらいつでも俺を呼んでくれ。ぶどうの収穫なら慣れてるからさ」


「じゃあ……収穫期になったら手伝ってくれる?」


「もちろん!」


 俺たちは握手を交わした。

 お互いに顔を見合わせて、笑顔で頷き合う。


「アスクくんって思ったより優しいんだね」


「思ったよりって……どんなイメージだったんだよ」


「えへへ、秘密だよ」


「ぶどうに免じて教えてくれよ」


 わざとらしく肩を叩くと、嬉しそうに破顔するエコロくん。

 なんだか距離を縮められたようでこちらまで嬉しくなってきた。ぶどう仲間の誕生である。


「よろしく!」


「こちらこそ」


 もう一度握手を交わす。

 彼の手は土で汚れていたが全く気にならず、むしろ心の底から清々しい気分だった。

 やっぱりぶどうは最高だ。









「……………………………………………………」

 しかしこの時の俺はまったく気づいていなかったのだ。

 柱の影からサフィラがじっとこちらを見つめていたことに。




 その日の夜。


「浮気はダメだよ?」


「だからって手錠はおかしいだろ! ここ学園の寮だぞ!」


「関係ない。アスクくんが悪いの」


 こうして俺は監禁された。

 一週間ぶり二度目の監禁である。

 

 

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