第31話 公爵令嬢は攻めっ気が強い
昼休みを終えると午後の授業がやってきた。
運動着に着替えたクラスメイトたちが校庭に集まると、魔力操作の実技が始まった。
とはいえ昨日の事件があった手前、実戦するのは危ないという判断がなされ、今日はストレッチや素振り等の基礎力を養うメニューに変更したようだ。
まずは二人一組でペアを組んでストレッチをすることに。
「アスクくん、本当に良いの?」
「ちょうど俺も相手がいないからさ」
不安そうな彼女に手を差し伸べるとペアを組む。
本来であれば男女別で組むのが普通だが、俺たちは例外だった。
理由は単純。サフィラと組みたがる者がいなかったのだ。
まあ無理もない。三度の婚約破棄に加え、先日の襲撃事件で賊を素手で殴り倒したのだ。
そんな相手とペアを組んで、ストレッチをしたがる人間なんて存在するはずがない。
「でも恥ずかしいよ……」
「大丈夫。優しくするから」
まずは体をほぐすストレッチからだ。
サフィラの後ろに回ると、開脚する彼女の背中をぐっと押す。太ももの裏が伸びることを意識して、ゆっくりと前に倒していく。
そして限界まで伸ばしたタイミングで、
「ひゃっ!」
小さな悲鳴が漏れた。
普段の彼女からは想像もつかないほど可愛らしい声である。
「もしかして、体硬い?」
「う、うん……」
「それはよくないな。魔力操作は体の流れが大事だから」
魔力の循環を整えるには柔軟が何より重要だ。特に太ももの裏が硬いと、骨盤や背中のバランスが歪んでしまい、姿勢が悪くなってしまう。
そして姿勢が悪くなると魔力の流れも停滞してしまう。
「せっかくだから限界まで伸ばそうか」
「……アスクくん?」
俺は指導のつもりで、彼女の背中を支えながらゆっくり体重を乗せていく。
「ちょっ、まって。……いた――痛いっ!」
「もう少し。いける!」
「ひゃああ……」
可愛らしい嬌声が漏れる。
あまりにも艶かしいせいで、なぜか自分が悪いことをしているかのように錯覚してしまう。
真面目にストレッチしてるだけなのに。
「むり……これ以上はむりだよぉぉ……」
彼女は懇願するように振り向いた。
その瞬間、金色の髪が舞い、ふわりと甘い香りが漂ってくる。
「っ……」
毎日嗅いでいるはずなのに、不思議と心臓の鼓動が激しくなっていった。授業中だからだろうか。
どちらにせよ、俺のやることに変わりはない。
なんとか集中力を維持しつつも、時間が来るまでひたすら彼女を追い込んだ。
「はぁ……はぁ……もう、死ぬかと思ったよ」
「大げさだよ」
「……アスクくんのいじわる」
不満げなジト目を向けてくるサフィラ。
その表情があまりにも可愛いらしくて、思わず視線を逸らすしかなかった。
「じゃあ今度は私の番だね」
「え?」
「さあアスクくん、体を伸ばして」
今度は別のペアがストレッチをすることになった。
それはいいのだが、問題はサフィラがやる気満々なのだ。
まるで仕返しを目論んでいるかのような態度で、「早く早く」と急かしてくると、
「私、負けず嫌いなんだ」
そう言いながら俺の背中に両手を添えた。
「……ただのストレッチだよね?」
「やられたらやり返す性格なの」
「だからストレッチだよね?」
俺の問いかけに一切返答しないサフィラは、すぅと大きく息を吸って力を込めてくる。
それはさながら全力のようで――、
「ちょっと待って。魔力込めてない?」
「ふふっ、体柔らかいなら余裕でしょ?」
「いや、そういう問題じゃ――うがぁ⁉︎」
全力で背中を押される。
どうやらサフィラは本気で俺を倒すつもりのようだ。
「ごめん、悪かった! 俺が悪かったから!」
「ふふっ、悶絶するアスクくんもかわいいね」
「どこがだよ――うごっほ」
「まだまだいけるよね?」
既に胸が床までくっついているにも関わらず、さらに過激さを増していくサフィラ。
監禁された時から気づいていたが、いくら何でも攻めっ気が強すぎる。
もし彼女が公爵になったら他国に戦争を仕掛けそうで心配になるほどである。
場合によっては国家転覆すらやりかねない。
「もう少し穏やかにいこうよ。な? 世界平和が一番だって」
「でもアスクくんは、もし人間とぶどうが争いになったら、ぶどうの味方をするよね?」
「当たり前だろ。ぶどうこそが正義なんだから」
「私も同じなの。アスクくんのためなら、いくらでも乗っ取るよ」
「何を⁉︎」
あまりにも物騒な単語が飛び出したものだから、つい聞き返してしまった。
今の俺にそんな余裕はないのに。
「アスクくん、もっと頑張ろうね」
「だからこれ以上は無理! ほんと無理だから!」
彼女の笑い声が背後から響く。
結局俺は時間になるまでひたすら追い込まれたのであった。
――公爵令嬢は攻めっ気が強すぎる。
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