第33話 決戦前夜

 それからたまに監禁されつつも、穏やかな学園生活を送っていた。


 刺客に襲われることもなければ、ラヴァンダと接触することもない。至って平和な日々である。

 


 そしていよいよ明日。


 俺たちは学園を出て、サフィラの開発しているぶどう農園の見学に向かう予定だった。

 距離はここから馬車で三時間くらい。滞在は一週間ほどだ。


 長くもなければ短くもないため、まるでゴールデンウィークのような気分だった。


 しかし優雅な休日を過ごせるかというと微妙である。むしろ非常に波瀾万丈になる気がしてならなかった。


「準備は整いました。計画の成功はほぼ確実でしょう」


 なぜなら襲撃イベントが発生するからだ。


 それはサフィラが公爵領へ戻って明日の準備をしている最中だった。


 入れ替わるようにして俺の目の前に現れたラヴァンダは、手提げカバンを携えながら当然のように窓から侵入してきたのだ。


 そして月明かりを背にしながら抑揚のない声で告げた。


「明日お嬢様の護衛として同行する者は全員が組織の人間です。つまりお嬢様の味方はいません」


「マジで?」


 どんだけ腐ってんだよ公爵家。


 サフィラの兄弟が次々と暗殺されてるのに、まだ内部のスパイを野放しにしてるとは。


 警備が厳重だという話は一体どこへ行ってしまったのだろうか。


 あまりにも酷すぎて、人員整理をした方が良いレベルだ。

 もういっそのこと解体した方がいいんじゃないか?


「マスカレード様は現地で合流予定です。農園には屋敷がありますので、滞在中に襲撃します。計画は完璧です」


「向こうの屋敷の人間は?」


「彼らはただのぶどう農家です。戦闘能力は皆無。警戒するに値しません」


「つまりサフィラの味方は一人もいないってことか」


「はい。ですので作戦の成功は確実。あなたの出番すらないかもしれません」


「……そうか」


 完全に詰んでんな、これ。


 原作でもここまで酷い状況にはなっていなかったはずなのに。何というか、組織の奴らの本気度がすごい。


 原作と違う点があるとすれば、それは俺の存在とサフィラがぶどう農園を開発していることくらいだろうが、おそらくどちらも関係ない。


 ぶどう農園と襲撃が繋がるはずがないからな。これだけは絶対にないだろう。


 まあどちらにせよ俺のゴールデンウィークは、真っ赤に染まる気がしてならなかった。


「……今のうちに飲み溜めておくか」


 思う存分ぶどうジュースを堪能しておこう。

 そんな意図を持っての発言だったのだが……、


「ええ。ですので今日は前祝いに来ました」


 何かを勘違いしたラヴァンダが、カバンから取り出したのはビール瓶だった。


「は?」


「今日はビールで乾杯して勝利を祝いましょう」


「正気か?」


 一体何を言っているのだろうか。


 俺はただ決戦の前にぶどうジュースを堪能しておこうと思っただけなのに。


 どうしてビールで乾杯しなきゃいけないんだ?


 そんなの拷問だろ。嫌がらせにも程がある。


「何か問題でも? これが組織の慣わしですが……」


 そんな俺の不服な態度が気に食わなかったのだろう。


 ラヴァンダはじろりと、疑うような瞳で睨みつけてきた。


「私の酒が飲めないとおっしゃるのですか?」


「いやそうじゃなくて……」


 酒カスのような絡みをしてくるラヴァンダ。


 よく見たら彼女の顔はいつもより少し赤いように思える。


 まさかすでに誰かと乾杯した後なのだろうか?


「俺まだ未成年なんだけど」


「それが?」


「ていうか俺はワイン派なんだよ。飲むならせめてビールじゃなくてワインがいい」


 そんな本心を呟いた瞬間――、


「ッ――⁉︎」


 スカートの下からナイフが抜かれ、気がついたら俺の喉元に突きつけられていた。


「言っていいことと悪いことがあります」


「何が⁉︎」


「いくら協力者でもその発言は看過できません。今すぐ撤回を」


「それはできない」


 俺は紛れもなくワイン派なのだから。

 しかしそんな発言により、状況は悪化したようだ。


 周囲には一触即発の空気が流れる。


 少しでも動いたらナイフの切先が俺の喉元を襲うだろう。


「…………………………」


 流石にこのままやられるわけにはいかないので、魔力を込めて臨戦体制に入ろうとした瞬間、


「……まさか油断するなという意味ですか?」


 予想外の発言が返ってきた。


「は?」


「勝利を確信するのは愚かだと。たとえ前日であっても、自分を律する姿勢。なるほど……素晴らしいです」


「へぇ?」


 本当に何を言っているのか分からなかったが、おそらく俺にとって都合がいい方向に解釈してくれたので、とりあえず頷いておく。


「つまりそういうこと」


「なるほど! さすが同志」


 ラヴァンダは無表情のまま頷いた後、ナイフを仕舞った。


 ――よかった、彼女が天然で。


 もしくは単にアホなのか。

 どちらにせよ、彼女と争わずに済んでよかった。


 ここで倒しても仕方がないからな。やるなら一網打尽にしないと効率が悪い。


「少し頭を冷やしてきます。祝杯を上げるのはまた後日にしましょう」


「おっけー。でもビールじゃなくてワインでな」


「またまたご冗談を」


 ニヤリと笑みを浮かべると、窓枠に手をかけたラヴァンダ。


「では明日」


「おう」


「――全ては我々の悲願のために」


 次の瞬間、彼女は二階の窓から飛び降りた。

 相変わらず派手な脱出方法だ。無駄に目立って仕方がない。


 それにしても……、


「目的ってなんだろう?」


 すっかり聞くのを忘れてしまった。まあどうせロクなことではないからな。


 今度対峙するときにでも聞いてみよう。

 





 


「さて、ルクソールにラブレターでも書くか」

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