第30話 仮初の平和

 仮初の平和がやってきた。


 一ヶ月後、サフィラの開発しているぶどう農園に向かうタイミングまでは、少なくとも穏やかな日々が続くだろう。


 賊に襲われる心配も、命の危険もない。


 そういう意味では平和だったが、問題は山積みだし、学園内もとても穏やかとは言い難い状況だった。


「つまりノースヒルド王国は気候の関係でぶどう栽培に適していなかった。そこで麦の栽培に特化したのだ」


 ――地理の授業中。


 先生が隣国の土地の解説をする中、教室を見渡すとやけに空席が目立っていた。


 昨日の事件のせいで精神的に参ってしまった生徒も多いらしく、欠席しているのだろう。


 安全が担保されるまでは実家に帰っている者も少なからずいるようだ。


「ビールが誕生してからノースヒルド王国は独自の文化が発展していった。ワインの輸入には多額の関税をかけ、嗜好品というイメージを植えつけたのだ。その結果、ビールだけが唯一、庶民にも手が届く飲み物となった。我が国では水よりもワインの方が安いが、ノースヒルド王国ではビールの方が安いのだ」


 そんな中、俺たちはいつものように授業を受けていた。


 ルクソールもいつも通りで、あくびをしながら先生の話を聞いている。平常運転だ。


 しかし隣に座るサフィラはとても平常運転とは言い難かった。


「…………………………」


 昨日から明らかに様子がおかしいのだ。


 一昨日は、強引に俺のベッドに潜り込んできたのに、昨夜はまるで別人だった。


 ベッドの端にちょこんと座り、俯いたまま一言も喋らなかったのだ。


 どうしたのかと問いかけても反応がなく、仕方なく俺がベッドを譲ると、頬を赤らめながら恥ずかしそうに布団に潜り込んだ。

 そして枕を抱きしめながら眠りについたのだ。


 ――明らかに様子がおかしい。


 あのサフィラが襲ってこないなんてありえない。


 結局俺は床に寝袋を敷いて寝た。貞操の危機を回避できたことには安堵しているが、同時に不安にもなった。


 あまりにも彼女らしくなかったから。


 そしてそれは朝になっても変わらなかった。


 寝顔を眺めていたら、サフィラはぱっと目を開けて、顔を手で覆いながら小さく「ううっ」と唸っていたのだ。


 その反応は明らかに照れているようだった。


 一昨日まであんなにも迫ってきたのに、こちらが目を向けるだけで恥ずかしそうに逃げるのだ。


 ほら、今だってそうだ。


 ちらりと視線を向けると、サフィラの青色の瞳と目が合った。


 これまでであれば授業中に目が合ったら、必ず向こうからアクションを起こしてきたが……、


「……………………っ」


 彼女は小さく肩を震わせ、恥ずかしそうに目を逸らしたのだ。


 ――まるで恋する乙女じゃないか。


 そんなはずはなかった。彼女はもっとぐいぐいと迫ってくるタイプの猛獣だったはずなのに。

 こんなふうに恥じらうなんて、絶対におかしい。

 

 一体何があったのだろうか。


 



【Sideサフィラ・ハーツ】


 ――いつからアスクくんの顔をまともに見られなくなったのだろう。


 自分でもよく分からない。


 でも間違いなく、きっかけは昨日の襲撃の後からだ。

 あの一件を機に彼の態度が変わった。


 なんというか、私を見る目が変化したのだ。


 一昨日まではぶどうを眺めている時以外は、どこか傍観者のような遠い目をしていた。私にはぶどうと同じ熱量を向けてくれなかった。


 なのに襲撃の後から、アスクくんの瞳が私をひとりの女の子として見ているような気がしてならなかったのだ。


 おそらくこれは気のせいじゃない。

 だって今日はやたらと目が合うし、彼の視線には熱のようなものがこもっていたから。


 絶対に彼は私を意識している。


 それが嬉しくてたまらなくて、でも同時にどうしていいのか分からなかった。


 意識されていないと思っていた相手に突然意識されると、逆に私の方が意識してしまう。

 もっともっと意識してしまう。気になって仕方がない。


 ――もう!


 そのせいで心臓がドキドキして、顔が熱くなって、胸が張り裂けそうだった。


 ――どうしよう。どうすればいいんだろう。


 アスクくんのことは大好き。

 でもこれはまた別の感情のような気がした。


 改めて異性として意識してしまうというか、ドキドキしすぎてどうにかなりそう。あー無理。恥ずかしくて目を合わせられない。


 もちろん監禁していたときも幸せだった。

 彼を閉じ込めて、独り占めして、彼と私だけになれたことが死ぬほど嬉しかった。


 でもいま感じているのは別の幸せ。

 柔らかくて、甘くて、壊れそうなくらい温かくて。


 どうしてこんな気持ちになるんだろう。


 本当はまた監禁したい。誰にも渡したくない。

 でもこの感情を壊したくない気もして、どうすればいいのか分からないのだ。


 ――私、本当にどうしちゃったんだろう。





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【あとがき】


カクヨムコン用の新作を投稿し始めましたので、こちらも是非よろしくお願いします。



学年一の銀髪美少女の秘密を知ったら、地の果てまで追いかけられるようになった。

https://kakuyomu.jp/works/822139841512434072/episodes/822139841567592713



二度目の人生を迎えることになった主人公が銀髪美少女に付きまとわれる話です。


原稿は既に書き終えていますので、カクヨムコンの期間中に一区切り(10万字)まで投稿する予定です。


よろしくお願いします!

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