第29話 悪役VS悪役
それからしばらく顔を真っ赤にしたサフィラとお互いに視線を逸らしながらも、気まずい時間を過ごしていると、
「何事だっ!」
慌てた教師たちが修練場に駆け込んできた。
腰には剣を携えて、胸には鎧をつけている。完全に戦闘モードのようだ。
「なんだこれは……」
そんな彼らは倒れた賊を発見すると、唖然としたように固まった。
しかしすぐに状況を把握したようで、総出になって捕獲する。
見事な手際だ。十人ほどいた賊はあっという間に拘束されていく。
一部抵抗する者もいたが、容赦なく頭を叩いて気絶させ、瞬く間に全員を手錠で拘束した。
「先生っ!」
「何が起こったんだ!」
拘束を終えると、教師たちは周囲のクラスメイトに事情を聞き始めた。
突然賊が侵入してきたこと。それをサフィラが撃退したこと。幸い怪我人はいないこと。
どうやら正確な情報を伝わったようで何よりである。
「はっ――何があったんだ⁉︎」
そしてこれだけの騒ぎということもあり、ようやくルクソールが目を覚ましたようだ。
目を大きくかっ開くと、驚いた様子でキョロキョロと辺りを見渡していた。
――こいつやばいな。色々と。
その神経の図太さはいかにも主人公らしかったが、主人公らしすぎて大問題である。
これでは頼りになるのか、ならないのか分からない。
そんな様子を遠くから眺めていると、
「うるさいから帰ろう」
サフィラがいつも通りの声音で言った。
先ほどまでの動転した態度とは一変。まるで目の前の惨事を他人事であるかのように冷たい視線で見つめている。
「絶対事情聴取があると思うんだけど」
「そんなのどうでもいい。早く浴びた血を流さないと」
不快な表情を浮かべながら言う。あちこちに返り血を浴びて気持ち悪いのだろう。
「分かった。ちょっとそこで動かないで」
俺はそう言いながら制服のポケットから一枚の葉っぱを取り出した。
そして返り血を浴びた彼女の頬をそれで拭う。
「あ、アスクくん⁉︎」
「よし、これで大丈夫」
俺は綺麗になったサフィラの顔を見て満足する。
彼女は俺の行動に動揺しているようで、高速で瞬きを繰り返しながらも耳まで真っ赤になっていた。
それからじっと見つめてくると、首を傾げながらポツリと呟く。
「それは?」
「ぶどうの葉っぱ」
「なんでそんなもの持ってるの?」
「そりゃ肌身離さず持ってるだろ」
紳士の嗜みである。
「多分それアスクくんだけだと思うよ」
サフィラは微妙そうな表情を浮かべながらも、改めてそれを見る。
何をされたのか疑問に思っているのだろう。
「大丈夫、安心してくれ。ぶどうの葉は肌の健康維持やむくみの改善にも使われてるから。これでサフィラの綺麗な肌は維持されるよ」
「き、綺麗⁉︎ アスクくん大胆すぎるよ」
またしても慌てたように顔を赤く染めるサフィラ。
やはり今日の彼女は様子がおかしい。
「……こんなの監禁したくなっちゃうじゃん」
「ん? 今何か言った?」
「何でもないよ。やっぱりアスクくんだけだなぁって」
サフィラはそう言ってにこりと笑った。
その笑顔は普段よりもほんの少しだけあどけなくて、まるで普通の少女のようだった。
※
「一体どういうことですか?」
一難去ってまた一難。
どうやら今日の俺には落ち着ける時間がないらしい。
それはその日の夜のことだった。
予想通り教師たちに捕まってしまい、たっぷりと事情聴取を受けた後、ひと足先に寮に戻った。
サフィラは当事者なのでもう少し時間がかかるらしく、一人である。
束の間の自由。せっかくの一人の時間を謳歌しようと思っていると、
「あ……」
窓際にラヴァンダが立っていた。
いつもの無表情ではなく、今にも襲いかかってきそうなほど険しい顔で。
「説明を求めます」
彼女はあからさまに怒っていた。俺が加勢せず、傍観者を貫いていたことに腹を立てているのだろう。
「なぜ何もしなかったのですか?」
「だってルクソールがいたし」
「それがどうしたというのです?」
「いや、だってあいつ強いじゃん。俺がいようがいなかろうが、結果は変わらなかったと思うよ」
「たかが平民の生徒に、組織の人間たちを相手取れるはずがないでしょう」
「できるんだよあいつなら。まあ実際にボコしたのはサフィラだったけどさ」
思ったことをそのまま答えると、ラヴァンダの表情が固まった。
まるで何かに気づいたように、顎に手を当てている。
「つまり私の計画が杜撰だったということですね」
「そりゃそうだろ。よりにもよってルクソールがいる場所で襲うなんて論外だよ」
「なるほど。つまりあなたはそれを見越して加勢しなかったと?」
「まああいつがどうにかするとは思ってたな。まさかサフィラがあそこまで強いとは思ってなかったけど」
「なるほど。さすが同志」
納得したように頷くラヴァンダ。
本当にただ思ったことを言っただけなのだが、都合の良いように解釈してくれて非常に助かる。
というかこいつ、裏切り者のくせに人を信じすぎじゃないか?
多分悪役向いてないよ。悪役は人間不信じゃないと成立しないもん。
「分かりました。では計画を練り直します。お嬢様が想像以上に強かったのは誤算でしたし、やはり一ヶ月後が相応しいでしょう。当初の予定通り、マスカレード様が到着するタイミングで決行します」
「つまり前倒しはしないってこと?」
「はい。下手に戦力を削るより、盤石な準備を整える方が確実です」
「それは良い判断だと思うよ」
毎日襲われなくて済むからな。ちまちま襲われると心臓がいくつあっても足りないのだ。
それにどうせ来るならまとめて一網打尽にする方が効率が良いからな。対策を立てやすいし。
「では、私はこれで」
言い終えるとすぐにラヴァンダは窓に足をかけた。
「……またそれかよ」
「メイドですので」
相変わらずボケなのか天然なのか分からないことを呟くと、彼女は軽やかに外へと飛び出した。
「……二階だぞここ」
俺は慌てて窓辺に駆け寄る。
まじでどんな原理だよ。いくら魔力があるとはいえ、二階から落ちたら普通に痛いし、地面に着地したら音だって響くはずだ。
――やっぱりおかしい。
そう思いながら窓の外に顔を出した瞬間、
「あ……」
屋根を伝って、器用に壁を降りていくラヴァンダの姿が目に入った。
ゆっくり、慎重に、降りていく。
その動きがまるで蜘蛛のようで、遠くからでも非常に目立っていた。
「いや、堂々としすぎだろ」
誰かに見られたらすぐにバレてしまうだろう。
隠密行動を心がけているつもりなのだろうが、かえってそれが目立っていた。
ボケているのか、それとも単に天然なのか。
どちらにせよ、暗殺者としては致命的に頭が弱かった。
「さすがかませ犬」
原作ではルクソールに呆気なく倒されるだけあるな。同じかませ犬としては非常に複雑な心境だった。
「ふぅ……今日は疲れたぁ」
窓を閉めるとベッドに倒れ込む。
俺は月明かりに照らされた天井を眺めながら、小さく呟いた。
「そういえばラヴァンダの組織って何が目的なんだろう?」
今度会った時にでも聞いてみよう。
原作ではあっさり倒されすぎて、敵が喋るシーンすらなかったからな。
本当に謎の組織なのだ。
まあ少なくとも公爵令嬢を襲っている時点で、国家転覆とか物騒なものに決まっているが。
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【あとがき】
新作の短編を投稿しましたのでもしよろしければお願いします。
なるべく最低限度のヤンデレを目指しましたが、最高クラスに重くなってしまいました。
若干タイトル詐欺な気もしますが、気になった方は是非お読みください。
健康で文化的な最低限度のヤンデレ
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