第28話 謎の組織に襲撃された

「アスクくん、どうしてあんな男の後ろを追いかけ回してるの?」


「安全のためだよ」


 サフィラとの同居生活二日目。

 放課後になると、俺はルクソールの後をひたすらつけ回していた。


 そんな俺の行動が気に食わなくてたまらないサフィラは、当然のように俺の隣を歩きながらも頬を膨らませている。


「安全? むしろ危険だよ。あいつは私とアスクくんを除けばクラスで一番強いし、孤児院で育ったっていう境遇もきな臭い。絶対に何か裏があるよ」


「裏というか秘密があるのは間違いないけどさ」


 実は王族の血を引いているという、いかにも主人公らしい面倒な事情を抱えていることは事実。秘密を抱えているのは間違いない。


 しかしだからこそ彼の近くを離れないことが重要なのだ。もし襲撃が起きても、主人公補正で何とかしてくれるに違いないのだから。


 そんなことを考えながら追っていると、ルクソールは修練場で素振りを始めた。


 校舎に隣接する修練場は体育館のような場所である。この学園には三つ存在し、そのうち二つは部活、残りの一つは個人の鍛錬で使用することが許可されている。


 他にも生徒がいるようで、それぞれが思い思いに鍛錬をしていた。


 素振りを繰り返す者、魔力操作に没頭する者。中には目を閉じて坐禅を組んでいる生徒もいる。 

 どうやら魔力の制御には精神統一が効果的らしい。


「…………………………」


 俺とサフィラは修練場の隅からその光景を眺めていた。


 ルクソールは中央で淡々と木剣を振り続けている。


 一切の無駄がなく、雑念も、力みもない。見ているだけで惚れ惚れするような圧巻な動き。


 さすが主人公だ。是非ともその動きを実演してほしい。具体的にはラヴァンダ率いる暗殺組織に対して実演を願いたい。


「……アスクくん。やっぱりあいつは危険だよ」


「才能の塊だよな」


「褒めてるんじゃない。警戒してるの」


「大丈夫だよあいつは」


「はっ――まさかアスクくんレベルともなると、あの程度の存在は塵芥と同じってこと?」


「塵芥?」


 何やら致命的な勘違いをしていたが、そのおかげで少し落ち着いたようだ。

 今にも飛び出してバトルを挑みそうな雰囲気だったため、ひとまず安心である。


 しかし安堵していたのも束の間。


「……ん?」


 ふと、背後に冷たい気配を感じた。

 視線を向けると、柱の影からひっそりと覗いている女性がいた。


 ――ラヴァンダである。


 目が合った瞬間、彼女は静かに頷いた。

 まるで「始めます」とでも言いたげな仕草だった。おそらくこれが昨日言っていた合図なのだろう。

 つまるところ、これから始まってしまうようだ。


 ――襲撃イベントが。


「うわっ、面倒くさい」


「アスクくん?」


 そう呟いたのと同時に、修練場の入り口から黒ずくめの男たちが現れた。腰には剣を携えており、統率の取れた動きでじわじわと距離を詰めてくる。


 生徒たちは一瞬で動きを止め、場の空気が凍りついた。


「な、なんだあれ?」


「賊?」


「先生に報告しないと!」


「だが出入り口が塞がれてるぞ」


 次第にざわめきが広がっていき、生徒たちは慌てて後退していく。しかし囲まれているので逃げ場はない。


 この場にいるのは大半がまだ魔力操作も上手くできない一年生のため、戦うという選択肢は現実的ではないだろう。


 絶体絶命の空気が辺りを支配する。


「またなの……」


 賊が近づいてくるのを見据えながらも、俺の手を握るサフィラの力が一段と強まった。細い指が食い込むほど強い。


 おそらく彼女も緊張しているのだろう。いや、緊張じゃなくて恐れているのか。


 いくら悪名名高いサフィラとはいえ、まだ十五歳にもなっていない少女である。賊に襲われたら怖いに決まっているのだ。


「サフィラ、落ち着いて――」


「――許さない!」


 あれ?


「アスクくんを襲う人間なんて、私が許さない」


 それは聞いたことがないほど低い声だった。


 恐怖心を抱いているサフィラを安心させようと、俺が言葉を紡いだ瞬間、彼女は想像だにしないリアクションを取ったのだ。


「絶対に許さない」


 その響きになぜか俺までもが恐怖を感じる。

 賊に向けられているはずなのに、背筋がぞくりとしたのだ。


「サフィラ?」


 顔を見ると、笑っていなかった。その青い瞳は怒りに染まり、表情は歪んでいる。


 それはまるで美しかった少女が鬼へと変貌してしまったようで――、


「アスクくんを狙うなんて許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 完全にスイッチが入っていた。


 ――これはまずい。


 咄嗟に止めようと手を強く握ったが、すぐに振り解いた彼女の体は、気がついたら前へと駆け出していた。


「待ってくれ、サフィラ!」


 俺の叫びも虚しく、彼女は異様な速さで間合いを詰めていく。


「自ら飛び込んでくるなんて馬鹿な公爵令嬢だぜ」


「馬鹿はどっちよ」


「ぐはぉぁ――」


 次の瞬間、拳が炸裂する。


 鈍い音が修練場に響き、黒装束の男が遠くへ吹き飛んだ。瞬きをしたら見逃してしまうほど素早い動きである。

 なにせ相手が剣を構え終える前に間合いを詰めていたのだから。


 想像以上にサフィラの戦闘能力は高いようだ。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……」


 そのままもう一人。さらにもう一人と、サフィラは次々と賊を薙ぎ払っていく。

 相手は剣に対して、彼女は素手のみという大きなハンデがある。


 にも関わらずサフィラは一方的に相手を蹂躙していた。

 まるでヤンキー漫画のワンシーンように。


「……あれ?」


 原作では優雅にレイピアを振るうキャラだったはずなのに、どうしてこんなにもパワータイプなのだろうか。

 本当に不思議だった。


「そりゃ拘束されるわけだわ」


 以前監禁された時に、思いっきり力で分からされた俺としては納得の強さだった。

 と同時に、彼女だけが戦っているという状況に疑問を抱く。


「ルクソールは何をしてるんだよ?」


 そう思って主人公の方に視線を向けると、何やら坐禅を組んでいた。


「は?」


 なぜこんな時に坐禅している?


「おいルクソール!」


 咄嗟に声をかけたが、彼はピクリとも反応しなかった。それどころか彼の周囲には謎の気迫のようなものが漂っていて、本気で集中していることが伝わってきた。


 ――まさか、集中しすぎていて賊の存在に気づいていないのか?


 だとしたら間抜けにも程がある。

 でもルクソールだからなぁ。可能性としては十分にありえた。


「……嘘だろ」


 そんな態度に唖然としていると、今度は視界の端にラヴァンダの姿が映った。


 黒いマスクをつけ、柱の陰からこちらをじっと覗いている。


 すると彼女は何やら追加で合図を送ってきた。おそらく、加勢しろという意味なのだろう。


 ――いや無理だって。もう戦いは終わったっぽいし。


「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!」


 再び戦闘場面に視線を戻すと、サフィラが最後の刺客を思い切り吹き飛ばしているところだった。しかも今度は蹴りである。


 そんな派手な姿に思わず苦笑をしていると、彼女はパンパンと手を払って、笑顔で振り返った。


「ごめんね。虫が飛んでたから払ってきた」


 彼女の頬には返り血が付着して、真っ赤に染まっていた。

 その姿はまるで吸血鬼のようで、背筋が凍りそうなほど恐ろしいのに、同時に美しくもあった。


 あまりにも美しすぎて、目を離すことができないのだ。


「……虫ね」


「うん。羽虫」


「いや、言い方」


 あまりの状況に思わず立ち尽くしていると、いつの間にかラヴァンダの姿が消えていることに気づいた。どうやら虫が一匹逃げたようだ。


 しかしそんなことを知らない彼女は、


「よかった! アスクくんが無事で!」


 そう言って勢いのままに抱きついてくる。柔らかい感触と、ふわりと漂う甘い香り。


 戦ったばかりだからか、彼女の心臓は激しく鼓動しているようで、否応にも心音が伝わってきた。


 しかし俺が驚いたのはそこではない。


 俺を抱きしめる彼女の手はわずかに震えていたのだ。

 態度には出していないけど、本当は恐ろしくてたまらなかったのだろう。


「――っ!」


 サフィラは自分の命が狙われているにも関わらず、俺を助けるつもりで行動した。


 結果的には勘違いなのかもしれないけど、俺を守るために恐怖を押し殺していたのだ。


「本当によかった……」


 強く、強く抱きしめられる。


 彼女の不安が、恐怖が、安堵が、様々な感情が伝わってきて、言葉に言い表せない気持ちになった。

 

 ――俺はサフィラのことをどう思っているのだろうか。

 

 自分でもよく分からない。

 最初はただのメインヒロインで、死亡フラグを回避するために接触しただけで。


 にも関わらずなぜか好かれてしまい、一生付き纏われていて、正直迷惑だった。常に逃げることを考えていた。


 好きとか嫌いとかじゃなくて、困惑という思いの方が強かっただろう。

 そのはずなのに……、


 ――どうして俺はこんなにも彼女のことだけを考えているのだろうか。


 不思議だった。

 あの俺がサフィラのことしか考えていない。

 本当はぶどうのことだけを考えたいのに、彼女が割り込んできて、気づけばサフィラ一色なのだ。


 ――そんなはずはない。


 なのに彼女の心音や伝わってくる熱を感じるたびに、どうしようもなく感情が揺さぶられるのだ。


「…………………………」


 俺は落ち着きを取り戻すために、あえて視線を周囲に向ける。


 すると生徒たちは騒ぎを起こした俺たちに対して怪奇の視線を向けていた。


 悪いのは賊なのに、むしろ賊を倒したサフィラは命の恩人なのに、まるで彼女が悪者であるかのような視線が飛んでくる。


 ――ああ、そうか。


 そこで俺は気づいた。

 

 彼女には味方がいない。

 そして俺にも味方なんていない。

 当然だ。なぜなら俺は悪役で、彼女は悪役令嬢なのだから。

 

 なんだか致命的に原作とは乖離している気がするけど、それが俺たちの行動の結果である。

 もうとっくに後戻りなんてできない。

 

 結局のところ、俺たちには誰も味方がいないのだ。周りには敵だらけで、信じられる人間も、背中を預けられる人間もいない。


 そんな中、互いのことだけは信用している。

 否、信用したいと強く思っている。


 だからこそ彼女は俺に依存しようと行動し、俺は口では逃げようと言いつつも、何だかんだでその想いを受け入れているのだろう。


「サフィラ」


 正直、この感情が何なのかは分からない。

 それでも彼女にかける言葉は一つしかなかった。


「本当に助かった。ありがとう」


「アスクくん?」


「でも次は俺も加勢するよ」


 俺は困惑するサフィラに伝える。


「――そろそろ君に信用してもらいたいから」


 それは心からの想いだった。

 

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