第26話 公爵家を乗っ取りたい
【Sideサフィラ・ハーツ】
「ねえ、ラヴァンダ。お父様を誘拐してくれない?」
それはお父様に呼び出されて公爵家を訪れた時だった。
結局呼び出されたにも関わらず部屋には誰もいなくて、またしても誰かに騙された私はイライラしながらも、メイドのラヴァンダに命令する。
彼女は相変わらず表情すら変えずに低いトーンで呟く。
「ご冗談はよしてください」
「冗談ではないわ。公爵家は変わるべきだと思うの。内部には敵のスパイが入り込んでいる。そのせいで毎日のように襲われているし、今日だって呼び出されたと思ったら部屋には誰もいなかった」
「……………………」
「つまりこれって誰かがわざと私を誘き出したんでしょ? ありえないわよ。そんなことがまかり通っている時点で公爵家はおかしいの」
「否定はしませんが……」
「つまり公爵家には変革が必要なの。具体的には私が公爵の座を継いで、怪しい人間を全員切り捨てる必要が。だから――誘拐して」
「お嬢様、流石にそれは無理があります」
「あなたメイドでしょ? メイドならそれくらいの命令こなしなさい」
「私を国賊にしたいのですか?」
不満げなジト目を向けてくるラヴァンダ。
相変わらずメイドのくせに生意気だ。
「そもそもお父様は最近どうしているの? 学園に入学してから一度も姿を見ていないのだけど」
「お嬢様が三度目の婚約破棄をしてからショックで寝込まれています。お嬢様が婚約破棄をした影響で」
「わざわざ二回も言わなくていい」
「お嬢様の我儘せいで公爵家は終わりだと嘆いておられるのだとか」
「終わってるのはお父様よ」
私は父のことを全く信用していない。
かつては離れの小屋で冷遇されていたし、愛情なんて感じたことは一度もない。
兄弟が亡くなった時は逆恨みをされたことがあるし、互いに親子とすらとは思っていないだろう。
私にとって、信頼できるのはアスクくんだけ。
彼だけは唯一、私の家族になってくれる存在だから。
「ラヴァンダ、お父様を誘拐して」
「ですから……無理です」
「本当に生意気ね。クビにするわよ?」
「お嬢様の命令に従ったら首が飛びます」
「うまいこと言わなくていいの。いいからどうにかして」
「ご勘弁を」
やっぱりアスクくん以外はダメだ。全然信用できない。
私は寮へと戻りながら、公爵家を乗っ取る方法を模索するのであった。
※
【Sideラヴァンダ】
――お嬢様はわざと言っておられるのでしょうか?
私がお嬢様を狙っていることを知って、あえて公爵様を誘拐しろと命令されたのか。それとも本当に偶然か。
おそらく後者だと思います。
お嬢様は口では疑うことを繰り返していますけど、本質的には誰かを信じたい人間です。
だから簡単に罠に掛かるのです。
人を信じやすい性格だからこそ、公爵様に呼び出される罠にも、屋敷の警備が組織に浸食されている事実にも、私が裏切り者であることにも、全く気づいていないのです。
同志であるアスクさんの言葉でさえも、お嬢様は盲目的に信じています。
巷では『処刑皇女』や『悪魔』などと囁かれておりますが、本当のお嬢様は乙女なのです。
――発言は可愛らしくないですけど。
正直、私がお嬢様を騙しているという事実に、胸が痛まないと言えば嘘になります。周りからぶっきらぼうと言われる私ですが、人並みの罪悪感はあるのです。
ですが私には目的があります。
そのためには冷徹でなければならなければなりません。
そして私たちの目的は単純でした。
――ビールをこの国に広めること。
それが私の、私たち組織の狙いです。
突然ですが、私はノースヒルド帝国出身で、組織のボスの娘です。
あの国ではビールが主流で、国民の生活にはビールが欠かせません。
ビールのために働き、ビールのために生きている。
そう呼ばれる人がいるほど、ビール文化が根付いています。
それに対してここはワインの国です。
国土の大半をぶどう畑が占めており、果実が日常を支配しています。
貿易も、文化も、経済も、全てがワイン中心です。
そんな土地をビールで塗り替えたいという野望――それが私の所属する組織の、宗教団体の目的なのです。
――ビール信仰をこの世界に広める。
計画の概要は分かりやすいものでした。
それは公爵家の跡取りを暗殺し、領地を混乱させ、ぶどう栽培を停滞させるというものです。
現公爵はぶどう栽培を強化する施作をいくつも行い、この十年でぶどう生産量を1.5倍に増やしたほどのぶどう公爵です。
公爵が自由に権力を振る舞い続ける限り、ビールの流通は夢のまた夢でしょう。
そこで公爵家を混乱の渦に巻き込もうとボスが考えたわけです。
跡取りたちを次々と暗殺し、公爵家がぶどう栽培どころではなくなった隙に、ビールを流通させ、影響力を一気に拡大させるのです。
ワインの土地からビールの土地へ。
そんな一見無謀とも思える計画は順調に進んでいきました。
次々と跡取りたちの暗殺に成功したのです。
しかしお嬢様だけは別でした。
お嬢様だけは毒を飲んでも死なず、奇襲を仕掛けても自らの手で撃退していたそうです。
私が専属メイドとしてお仕えすることになった後も、お嬢様はメキメキと成長していかれました。
それこそ公爵様ですら手に負えないほど。
計画は思わぬ形で停滞することになりましたが、それでも着実に進んでいきました。
公爵様が度重なる不幸で精神をやられたことや、ここ数年の異常気象などにより、ぶどうの生産量が大きく減少しているのです。
その影響で、最近はビールの布教にも成功しています。街中の雰囲気も少し変わり、酒場を訪れれば必ず一人はビールを飲んでいるという光景が見れるようになりました。
これは数年前までは考えられなかった出来事です。そんなわけで着実にビール文化は根付いていきました。
しかしその程度で満足する組織ではありません。ここ数年はぶどうの生産量が回復したことや、さらなる信仰拡大を目指して、ある計画を打ち立てました。
それはお嬢様を攫い、公爵様に交渉のテーブルに着いてもらうことです。
お嬢様と引き換えにぶどう栽培を放棄させる。周辺のぶどう畑を消し去り、大麦畑を拡大させるのです。そして新たにビール信仰を打ち立てる。
それが組織の新たな計画でした。
もちろん、お嬢様の命を奪うことが目的ではありません。
表向きには脅しをかけますが、裏ではお嬢様を安全な場所に逃がすつもりです。
これは完全に私情ですが、お嬢様には心から信じ合える人と共に生きてほしいのです。
権力とは無縁の場所で、普通の少女としての人生を全うしてほしい。
全てを奪ってしまったせめてもの償いです。
ですが、いくら私情があろうと計画を止めるつもりはありません。ビール信仰を拡大するために私は身を捧げる覚悟なのです。
「明日こそは……」
明日は学園内で襲撃を敢行します。
――我々の悲願を今こそ成し遂げるために。
それが私の――ラヴァンダの覚悟です。
ところで同志のアスクさんは、なぜいつもぶどうジュースを飲んでいるのでしょうか?
麦芽信仰を推進する者として、それはタブーなはずなのですが。
しかし彼は紛れもなく組織の名簿にも存在する人間です。つまり裏切り者であることをお嬢様に悟られないために演技をしているのでしょう。
そんな事情を知っている私でさえ、本気でぶどう信仰者だと信じてしまうくらい彼の演技は本物でした。
本当に得体の知れない人物です。
ですが心強いことに変わりはありません。
さて、お嬢様が寮に戻ったことですし、明日の襲撃の準備を整えましょうか。
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