第25話 全然穏やかじゃない

 一ヶ月後、サフィラが開発しているぶどう農園に行くことが決まった。まあそれはいい。


 いくら国外逃亡を志している身とはいえ、目の前のぶどうを逃すほど短絡的ではないからな。


 ぶどうがあったら飛び込む。基本中の基本である。

 とはいえ、何事もうまくいかないのが人生である。


「計画が変更になりました」


 それは授業を終え、寮に戻った後のことだった。


 公爵に呼び出されたことにより、サフィラが公爵家に向かったタイミングで、隙を狙っていたかのようにラヴァンダが現れた。


 彼女は俺の許可なく部屋に侵入してくると、図太い態度でベッドに腰掛けて口を開く。


 それは組織以外の人間には決して漏らしてはいけない内容だった。


「一ヶ月後、ちょうど計画を遂行するタイミングでお嬢様がぶどう農園を視察に行くことになりました」


「……そうだな」


「警備を掌握している公爵家と違って、あそこに配備されている人間は組織の息がかかっていません。つまり失敗リスクが上がってしまうわけです」


「……そうだな」


 公爵家のザル警備の理由が分かったが、反応せずにさらりと流す。

 下手なことを言ったら俺が組織とは関係ない部外者だとバレてしまうからな。面倒なのでそれは避けたい。


「ですので計画を変更します。具体的には――」


 ラヴァンダは表情ひとつ変えずに淡々と呟いた。


「――明日お嬢様を誘拐することになりました」


 その言葉に俺は衝撃を受ける。


「明日⁉︎」


「計画性がないことは承知しています。マスカレード様の援軍は期待できず、我々が集められる戦力は正直役不足です。しかし屋敷や学園外におけるお嬢様の警備は厳重です。そう簡単には近づけないでしょう」


「だよなぁ……」


 俺もそう思ったから事前に監禁したのである。


 結果的には取り返しのつかないことになったわけだが、警備が厳しいという点には同意できる。


「つまり明日なのです。明日学園内でお嬢様を襲撃します」


「学園内⁉︎」


「その方が我々にとって都合が良いのです。学園内には組織の人間が多数在籍していますから」


「……そうなんだ」


 物騒にも程があるだろう。


 そりゃゲームの舞台なわけで、必然的に主人公とヒロインが通う学園では事件が絶えないのだろうが、それにしても治安が悪すぎる。

 ぶどう畑で暮らせばそんなことはないのに。


「それにあなたという心強い味方もおります。お嬢様を手中に収めたあなたがいれば、計画の達成は容易でしょう」


 すました表情でそう呟くラヴァンダ。

 表情はいかにもスパイといった感じなのに、ベッドの上で堂々とだらけている辺り、いまいちキャラクターが掴めなかった。


 天然なのか、ボケているのか。

 どちらにせよ、ひとつだけ否定しなきゃいけないことがある。


「全然手中に収められてないけどね」


 サフィラを手中に収めることなどできていないということだ。

 俺のような全身ぶどう人間に猛獣を手懐けるなんて不可能である。


 つまりラヴァンダの期待しているようなサポートは一切できないだろう。


 俺が自分の道(ぶどう道)を歩んでいるように、サフィラも我が道を突き進んでいるのだ。


「当日は合図をします」


「うん」


「――全ては我々の悲願のために」


「……あ、うん」


「では私はこれで」


 それだけ言うと、窓の方へ歩み寄っていくラヴァンダ。


 何をしてるんだろうと疑問に思っていると、カーテンをそっと開き、窓枠に足をかけた。


「えっ? まじで?」


「まじです。私はメイドなので」


 次の瞬間、ラヴァンダは窓から身を滑らせるようにして消えた。


 姿は……ない。足音もしない。

 慌てて窓に向かったが、どこを見渡しても彼女の姿を見つけることができなかった。


「どんな芸当だよ」


 相変わらず得体の知れない人間である。


 どうして俺の周りにはこんなにも変な人間が集まってくるのだろうか。本当に不思議だった。


「それにしても明日か」


 明日学園内で事件が起こる。とある暗殺組織が公爵令嬢を攫おうとする事件が。


「……国外逃亡したい」


 しかしいくら何でも間に合わないだろう。

 今から学園を出て、なおかつ馬車に乗って国外逃亡なんて現実的じゃない。


「ルクソールに土下座するか」


 土下座をしてサフィラの護衛をしてもらおう。うん、それがいい。


 サフィラは俺の護衛をして、ルクソールはサフィラの護衛をする。永久機関の完成である。


 そう考えると少しだけ胸の支えが取れた。

 やはり持つべきものは主人公である。










「よろしくお願いします!!!!」

「なんだよ気持ち悪いな」

「そこを何とか!」


 その後ルクソールの部屋をノックして、扉を開けた瞬間に土下座をしたことは言うまでもない。

 普通に断られたけど。それどころかドン引きされたけど。

 それでも俺は頭を下げ続けた。


 ――全ては己の保身のために。

 

 

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