第19話 悪役に仲間だと思われる悪役

 小屋から離れると出入り口へと向かう。

 門番が見張りをしているはずなので、慎重に足音を立てないように進んでいく。


 幸い夜ということもあり、誰とも遭遇せずに噴水を超えると、門の姿を視界に捉えることができた。


「よし、あと少しだ」


 そう思った矢先、


「………………ん?」


 兵士たちが佇んでいる門の脇――倉庫の影から何者かが姿を現した。

 月明かりに照らされているのは、メイド服を着た一人の女性。


「どこかで見たような?」


 既視感のあるその姿に首を傾げていると、彼女の視線が一瞬こちらを向いた。


「っ――⁉︎」


 俺は咄嗟に身を屈める。


 しかし彼女の眼光がまっすぐ俺を射抜いていた。完全にロックオンされてしまったようだ。

 彼女はそのまま足音すら立てずに近づいてくる。


 ――まずい。


 俺は冷や汗をかきながらも噴水の後ろで体を隠す。


 しかし向こうからは丸見えだったようで、至近距離で目が合った。


「あ……」


 その顔を見た瞬間、彼女のことを思い出す。


「悪役じゃん」


 ――ラヴァンダ。

 彼女は原作ではアスクと同じ悪役だった。


 サフィラの専属メイドでありながら、暗殺組織に所属しており、常にサフィラの命を狙っている裏切り者。分かりやすい悪役。


 最終的には主人公のルクソールに組織ごと一網打尽にされ、敗北するだけの存在。かませ犬だ。


 まあ強さも狡猾さも原作のアスクの上位互換なんだけど。悪役という意味では同類である。


 そんな彼女は無表情のままスカートの中に潜ませていたナイフを抜くと、俺の首元に照準を合わせる。

 そして脅すように問いかけてきた。


「悪役とはなんですか?」


「いや、こっちの話」


「はぐらかさないで答えてください。黙秘するようでしたら、命の保証はしません」


 彼女の佇まいには隙がなかった。


 原作でもルクソールが苦戦するほどの強敵だったため、素手で戦うのは得策じゃないだろう。

 俺は観念して、話しをすることにした。


「なんというか、俺たち似たもの同士だなって」


「はい?」


「俺はさ、サフィラを監禁するためだけに存在している悪役なんだよ。で、君もサフィラの暗殺を目論む悪役だろ? 立場も役割も全く同じだなって」


 そう呟くと、彼女の肩が一瞬ピクリと震えた。

 わずかに目を見開き、怪訝そうに尋ねてくる。


「もしかしてあなたは同類ですか?」


「ああ、同類だな」


「……やはり。しかしお嬢様の懐に入り込むなど、計画にはなかったはず……。いいえ、そこを見越して派遣したのかもしれません。クロワ様ならやりかねません」


 何やら一人でぶつぶつと呟いているラヴァンダ。


 よく分からないけど、すぐには襲いかかってこないようなのでひとまず安心である。

 しかし彼女は何かを勘違いしたのだろう。


「では計画の現状について説明しておきましょう」


 何やらペラペラと話し始めた。


「三人の仲間が何者かによって戦闘不能になりました。連絡にも応答がありません」


「……ほう」


「おそらくお嬢様が倒されたのだと思います。しかしあの三人は組織の中でも相当な手練れです。騒ぎすら起こさずに一瞬で倒すなど、今のお嬢様には不可能なはず。何か心当たりはありませんか?」


「ないけど?」


 三人という言葉を聞いた瞬間、扉の下敷きになっていた彼らの顔が頭をよぎる。


 とはいえあれが手練れなわけがない。組織の手練れが扉の下敷きなんてあるはずがないから。


「そうですか。あの三人がダメとなると今回の計画は失敗ですね」


「そうだな」


 よく分からないけど、彼女が言うのならきっとそうなのだろう。


「ですが問題ございません。本命の計画は一ヶ月後ですから」


「本命?」


「はい。幹部のマスカレード様がハーツ領を訪れます。そのタイミングでお嬢様を誘拐して、マスカレード様直々に終止符を打ってもらうのです」


「あ、なるほどね」


 それは俺にとっても無視できないイベントだった。


 原作でもまさに同じストーリーが展開されるが、サフィラを誘拐する張本人はまさに俺――アスクなのだから。


 原作のアスクがサフィラを監禁して、身動きが取れない状態で幹部のマスカレードが現れる。


 そんな計画なのだ。

 実際はマスカレードの到着前に、ルクソールに居場所を突き止められて、無惨にも退治されてしまったわけだが……。


 どちらにせよこれは俺の今後にも影響する重要なイベントだ。

 無関心でいられるはずがない。


「詳しい話はまた今度しましょう。あなたがお嬢様を誘導する役割なのであれば計画は進めやすいですからね。入念に打ち合わせをしましょう」


「……あ、はい」


「全ては我々の悲願のために」


「…………………………」


 そう言い残して、ラヴァンダは屋敷の方へと歩き出した。

 闇に溶けるようにして姿を消すその背中を見つめながら、俺はある決意をするのであった。







「国外逃亡しよ」


 もう無理だ。

 公爵家とか暗殺組織とか監禁とか、もううんざりなのだ。あまりにも物騒すぎる。



 俺の願いはただ一つ。


 ぶどう畑に囲まれた平和な街で、スローライフを送りたい。ただそれだけなのだ。



 こうして俺は国外逃亡することを決めた。

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