第18話 監禁部屋から脱出する悪役
「くそっ、ダメか」
サフィラに監禁されてから二日目の夜を迎えた。
彼女は公爵から呼び出されたため、今小屋の中には俺一人。
千載一遇のチャンスである。
もちろんそんな好機を逃すはずもなく、手錠を破壊しようと奮闘していたのだが、残念ながら外せなかった。
どんなに魔力を込めてもびくともしないのだ。
「一つなら余裕だけど三つはなぁ」
手錠が三つもついていると、さすがに自力ではどうにもならなかった。
そもそもこの手錠は魔力で強化された特殊なものだ。普通の手錠とは強度が段違いで、それこそ罪人を捕獲する時に使われるようなものである。
それが三つもあるんだ。外れるわけがないだろう。
「もういっそのことベッドごと移動するか?」
手錠はベッドに固定されている。
なので理論上はベッドごと持ち上げて、脱出することも可能なのだ。理論上はな。
問題は警備に見つかったら一発アウトという点である。
いくら公爵家の門番が身分証の確認もしないザル警備だとしても、さすがにベッドを背負っていたら止められるだろう。
止めるどころか、即拘束されるに違いない。
つまるところ打つ手がないのだ。
「なんか力が出ないし、やっぱり薬のせいかなぁ」
あそこでぶどうジュースを飲まなければなぁ。
しかし後悔しても仕方がない。ぶどうジュースを前にして理性を保つことなどできるはずもないのだから。
「ふどうジュース……飲みたい」
なんかぶどうのことを考えていたら飲みたくなってきた。脱出よりも先にまずは
問題はジュースが手の届かない場所にあることだ。
窓際のテーブルには何本もの瓶が並んでいて、先ほどサフィラに口移されたメルローの瓶も残っている。
すぐさま堪能したいところだが、あいにく手錠のせいで腕は自由に伸ばせず、届きそうで届かないのである。
「ふどう……ぶどうジュース……飲みたい」
しかし諦めるわけにはいかなかった。
俺はベッドの枠に身体をこすりつけるようにして、少しずつ窓際へ移動していく。
側から見たら、ベッドの上で芋虫が蠢いているようにしか見えないだろうが構わない。恥なんてとっくに捨てている。
「……ダメか」
限界まで移動して手を伸ばしてみたが、やはり届かなかった。
「もうこうなったら足しかないか」
手錠がついているのは手首だけである。つまり足は自由なわけで、伸ばせばボトルに届くはずだ。
さすがの俺でも少し恥ずかしかったが、恥も外聞も忘れてベッドの端で身体をねじる。
「っ――」
ブレイクダンスのような体勢のまま足を伸ばす。
すると足の指先にひんやりとした感触が伝わってきた。
「よし!」
足でボトルを掴むと、ベッドの上に転がす。
指先でボトルの蓋を回すようにして緩め、口元へと持っていった。
そして流し込むようにしてボトルを傾ける。
「っ――⁉︎」
その瞬間、甘酸っぱいぶどうの香りが喉の奥に広がり、視界がクリアになっていく。
ぶどうの酸味が体内を駆け巡り、浄化されるような気分になった。
「うますぎるでしょ」
無理やりボトルを傾けたせいでジュースは溢れ、服や布団がびしょ濡れになった。
でもそんなことはどうでもよかった。
むしろ溢れたおかげでぶどうの香りに満たされているのだ。控えめに言って最高である。
「あはははははははははは……」
美味しすぎて笑いが止まらない。
側から見たら薬物中毒者にしか見えないだろうが、それでいい。今の俺にとって、ぶどうを摂取することが何よりも大切なのだから。
「うまい! うますぎる! やばい、まじで笑いが止まらないんだけど……ってあれ?」
その後もぶどうジュースを過剰摂取していたら、なんだか思考が冴えてきた。薬でぼやけていた頭が鮮明になっていく。
魔力の流れも戻ってきたようで、身体中に力が満ち、全身の細胞が活性化していくのが分かった。
「あはははははははははは……」
さすがぶどう。活力まで与えてくれるとは最高の果物である。
「よし!」
これならいける!
今の俺なら手錠を破壊することだってできるだろう。
そう確信した俺は溢れる力のままに魔力を爆発させる。手首に力を集中させ、思いっきり腕を引っ張った。
「っ――!」
その瞬間、金属がきしむ音が響く。
亀裂のような感覚が手首から伝わり、手錠の繋ぎ目にヒビが入る。
そしてそのヒビは瞬く間に広がり、やがてそれは砕け散った。
残骸がベッドの上に転がり、俺の腕はついに自由を取り戻した。
「これで自由だ!」
俺は溢れ出る歓喜を抑えつつ、解放された腕をぶんぶんと回しながらも考える。
――なぜ手錠を破壊することができたのか。
理由はおそらく薬の効果が弱まったからだろう。
サフィラに盛られた薬は魔力を抑制する効果があった。そのせいで俺は全力を出せず、あっさり捕まってしまった。
しかしぶどうジュースがそれを上書きしたのだろう。
体内の水分が薬の濃度を薄め、力を取り戻させてくれたのだ。うん、きっとそうに違いない。
本当のところはよく分からないけど、ぶどうのおかげに決まっている。だってぶどうだし。
さすがにぶどう!
「よし、脱出するか!」
そう意気込んだものの、扉は分厚く、厳重にロックされていた。押しても引いてもびくともしない。
試しにドアノブを回してみても、外部から掛けられた鍵のせいで思うように回らなかった。
「こうなったら本気で破壊するしかないか」
窓から逃げるのはサイズ的に無理だし、壁を破壊したら建物そのものが崩れそうだからな。
ドア枠ごと破壊するのが一番安全だろう。
そう判断した俺は魔力を全力で込め、扉に向かって蹴りを放つ。
床が震え、鈍い金属音が響いた。
「よし、もう一回だ」
「もう一回」
「もう一回!」
それから何度も繰り返し蹴り続ける。
重厚だった扉は次第に変形していき、ついに十回目でその瞬間が訪れる。
――ドカァッン!
爆音とともに扉が前方に吹き飛んだ。
「うわぁ⁉︎」
「ぐへぇ⁉︎」
「ぐほぉ⁉︎」
その瞬間、外の空気が流れ込み、ひんやりとした風が頬を撫でる。
草の香りが鼻腔をくすぐり、外に出られたことを実感しつつも、俺は前方の異様な光景に思わず目を疑った。
「っ――⁉︎」
扉の下敷きになっている三つの黒い塊。
俺の目の前に広がるのは、全身黒ずくめでマスクを被った男たちが、扉の重みで押し潰されている光景だった。
「………………え?」
三人とも息はある。血は流れていない。命にも支障はなさそうだ。
しかし起き上がる余力はないようで、悶絶しながら目を閉じていた。
「やべぇ……」
もし彼らが公爵家の人間だったら、これは大問題だ。
護衛を傷つけたと知られたら、間違いなく処刑コースだろう。
「でもこれはなぁ」
三人の風貌はいかにも不審者といった感じだった。
暗殺者か、もしくは盗賊か。
どちらにせよ裏の人間であることは確実だろう。
「よし、逃げよう」
うん、それがいい。
明らかに関わってはいけないタイプの人間だし、増援が来たら面倒だし、幸い今なら目撃者がいない。
このまま何事もなかったかのように立ち去るのが最善である。
「敷地内に賊が侵入するとか怖すぎだろ」
俺は最後に黒ずくめの三人を一瞥すると、公爵家の警備を心配しつつも駆け出した。
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