第4話「初めての"壁"と、それぞれの本音」

投稿から一週間が経った。

俺と心春の共同作品『異世界で拾われた俺が、最強の守護者になるまで』は、順調に滑り出していた。

毎日更新を続けた結果――

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☆:187

フォロワー:94

「……すげえな」

俺は自分のスマホで数字を見つめていた。

過去三年間、一度も到達できなかった数字。

それが、心春と組んで一週間で達成できた。

「ゆーま、ぼーっとしてないで。次のプロット考えてよ」

隣の席から、心春が声をかけてくる。

ここは放課後の図書室。

俺たちは毎日、ここで打ち合わせをしている。

「ああ、悪い」

俺はノートを開いて、ペンを走らせた。

「次は第8話だろ? えーと、主人公が村を救うために、魔物の巣窟に乗り込む展開で……」

「待って」

心春が俺の言葉を遮った。

「その展開、ちょっと早くない?」

「早い?」

「だって、まだ主人公とヒロインの関係性が深まってないじゃん。ここで戦闘シーン入れても、読者は感情移入できないと思う」

「……でも、ずっと日常パートばっかりだと飽きられるだろ」

「飽きられないよ。読者は、キャラ同士の関係性が見たいんだから」

心春は真剣な顔で言った。

「ゆーま、もうちょっと『間』を意識したほうがいいよ」

「間?」

「そ。物語の緩急。戦闘ばっかりだと疲れるし、日常ばっかりだと飽きる。だから、バランスが大事なの」

「……そういうもんか?」

「そういうもん」

心春は俺のノートを覗き込んで、指で軽く叩いた。

「じゃあ、第8話は日常回にしよう。主人公とヒロインが、村で一緒に買い物するとか」

「……地味すぎない?」

「地味じゃないよ。そういう何気ないシーンが、キャラの魅力を引き出すの」

心春はそう言って、ペンを走らせ始めた。

「私が書くから、ゆーまは次の戦闘シーンの構成考えておいて」

「……おう」

俺は少し釈然としない気持ちを抱えながら、ノートに向かった。


【その日の夜】

俺は自室のベッドに横になりながら、スマホでカクヨムを開いていた。

『異世界で拾われた俺が、最強の守護者になるまで』のコメント欄。

【最新コメント】


『第7話、めっちゃ面白かったです! 続きが気になる!』

『文章が読みやすくて、キャラも魅力的! 応援してます!』

『春告鳥さんの文章、やっぱり最高ですね!』


「……」

俺は最後のコメントを見て、少しだけ胸がざわついた。

『春告鳥さんの文章、やっぱり最高ですね!』

(……俺の名前は?)

共同執筆なのに、コメントのほとんどは「春告鳥」に向けられている。

俺の設定や構成については、ほとんど触れられていない。

「……まあ、仕方ないか」

俺は小さく呟いた。

だって、実際に文章を書いているのは心春だ。

読者が評価するのは、当然心春の文章力。

俺は、あくまで"裏方"。

「……それでいいんだよな」

そう自分に言い聞かせて、スマホを閉じた。


【翌日・昼休み】

「ゆーま、お弁当一緒に食べよ」

心春が俺の席にやってきた。

「おう」

俺たちは教室の隅で、向かい合って弁当を広げた。

「ねえ、ゆーま。昨日のコメント見た?」

「ああ、見た」

「みんな、すごく喜んでくれてるよね! 嬉しいなあ」

心春は笑顔で箸を動かしている。

「……なあ、心春」

「ん?」

「お前、コメント欄見て、何も思わない?」

「何も、って?」

「だって、ほとんどのコメントが『春告鳥』宛じゃん。俺のこと、誰も触れてない」

心春は箸を止めて、俺を見た。

「……気にしてるの?」

「いや、別に気にしてないけど……」

「嘘。気にしてるじゃん」

心春は少し困ったように笑った。

「ゆーま、それは仕方ないよ。だって、私のほうが知名度あるし」

「……そうだな」

「でも、ゆーまの設定がなきゃ、この作品は生まれなかったんだよ? それは、私が一番分かってる」

「……」

「読者は、まだゆーまの存在に気づいてないだけ。これから、もっとゆーまの凄さが伝わっていくよ」

心春は優しく笑った。

だけど――その笑顔が、今はどこか遠く感じた。

「……そうだといいけどな」

俺は視線を逸らして、弁当に箸を伸ばした。


【放課後・図書室】

「じゃあ、今日は第9話のプロット詰めよう」

心春はノートを開いて、ペンを取り出した。

「第9話は、戦闘シーンだよね?」

「ああ。主人公が魔物の群れと戦う」

「了解。じゃあ、戦闘の流れを教えて」

俺はノートを開いて、説明し始めた。

「まず、主人公が村の外れで魔物の気配を感じる。そこで、魔物の群れが村を襲おうとしているのを発見する」

「うんうん」

「それで、主人公が単独で立ち向かう。最初は劣勢だけど、ヒロインが助けに来て、二人で協力して魔物を倒す」

「……ちょっと待って」

心春が俺の言葉を遮った。

「その展開、ちょっとベタじゃない?」

「……ベタ?」

「だって、『主人公がピンチ→ヒロインが助けに来る』って、よくあるパターンじゃん」

「……それの何が悪いんだよ」

「悪くはないけど、読者は『また同じパターンか』って思うかも」

心春は少し考えてから、言った。

「もうちょっとひねったほうがいいんじゃない? 例えば、ヒロインが先に魔物と戦っていて、主人公が助けに行くとか」

「……それだと、主人公の見せ場がなくなるだろ」

「見せ場は別の形で作ればいいじゃん。例えば、主人公が作戦を立てて、ヒロインと連携するとか」

「……」

俺は少しイラッとした。

心春の言うことは正しい。

でも――なんだか、自分の考えを全否定されている気がした。

「……じゃあ、お前の好きなように書けばいいじゃん」

「ゆーま?」

「だって、どうせ最終的に文章を書くのはお前なんだから。俺の意見なんて、別にどうでもいいんだろ」

「そんなこと言ってないじゃん」

心春は困ったような顔をした。

「ゆーま、どうしたの? 何か、機嫌悪い?」

「……別に」

「嘘。絶対何かあるよ」

心春は俺の目を見て、静かに言った。

「ゆーま、ちゃんと言って。私、ゆーまのこと傷つけたくない」

「……」

俺は少し迷ったが――結局、本音を口にした。

「……俺、なんか自信なくなってきた」

「自信?」

「だって、コメント欄見ても、評価されてるのは全部お前の文章じゃん。俺の設定なんて、誰も褒めてくれない」

「ゆーま……」

「それに、プロット作っても、お前にダメ出しされる。俺の考えって、そんなにダメなのか?」

俺は自分でも驚くほど、感情的になっていた。

「……なんか、俺って必要なのかなって思えてきた」

心春は黙って、俺を見つめていた。

そして――ゆっくりと口を開いた。

「ゆーま、私ね」

「……」

「ゆーまがいなかったら、この作品は絶対に作れなかった」

「……」

「私、設定を考えるの苦手なの。世界観とか、キャラの背景とか、全然思いつかない」

心春は少し寂しそうに笑った。

「でも、ゆーまの設定は違う。すごく緻密で、面白くて、読者を引き込む力がある」

「……本当か?」

「本当だよ。だから、私はゆーまと組みたいって思ったの」

心春は俺の手を握った。

「ゆーまは、私の"相棒"だよ。対等なパートナー」

「……相棒」

「そ。だから、ゆーまが自信なくすのは、私も悲しい」

心春は真っ直ぐに俺を見て、言った。

「ゆーま、一緒に頑張ろう。お互いを高め合いながら」

「……」

俺は心春の手を握り返した。

「……ごめん。ちょっと、卑屈になってた」

「ううん。ゆーまの気持ち、分かるよ」

心春は優しく笑った。

「私も、最初はそうだったから」

「……最初?」

「うん。私も、カクヨム始めたばかりの頃は、誰にも評価されなくて、自信なくしてた」

心春は少し遠い目をした。

「でも、諦めなかった。毎日書き続けて、少しずつ改善して。そしたら、いつの間にか読者が増えてた」

「……」

「ゆーまも、絶対できるよ。だって、ゆーまの設定、本当にすごいもん」

心春は俺の肩を軽く叩いた。

「だから、一緒に頑張ろう。ね?」

「……ああ」

俺は頷いた。

(……よし。またやり直すか)


【その夜】

俺と心春は、LINEで通話していた。

「じゃあ、第9話のプロット、もう一回練り直そう」

「おう」

俺はノートを開いて、ペンを走らせた。

「心春の意見も取り入れて、もうちょっとひねった展開にする」

「ありがとう、ゆーま」

「礼なんていいよ。俺も、もっといい作品にしたいから」

「うん!」

心春の声が、少し嬉しそうに聞こえた。

それから一時間。

俺たちは、何度も議論しながら、プロットを練り上げていった。

「ここは、こうしたほうがいいんじゃない?」

「いや、それだとキャラの動機が弱くなる。こうしよう」

「あ、それいいね! じゃあ、ここはこう繋げて……」

議論するたびに、物語がどんどん良くなっていく。

(……やっぱり、二人でやるのって楽しいな)

俺は心の中でそう思った。


【翌日・放課後】

「ゆーま、第9話書けたよ!」

心春が嬉しそうに原稿を見せてくれた。

俺は画面を見て――驚いた。

「……すげえ」

昨日練ったプロットが、完璧に文章化されている。

主人公の葛藤。

ヒロインとの連携。

戦闘シーンの緊張感。

すべてが、鮮やかに描かれていた。

「心春、これ……マジでいいよ」

「ほんと!? よかった!」

心春は満面の笑みを浮かべた。

「ゆーまのプロット、めっちゃ書きやすかったよ。ありがとう」

「……いや、こっちこそ」

俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。

「じゃあ、投稿しよう」

「おう」

心春がクリックすると、第9話が投稿された。


【投稿から1時間後】

「ゆーま! コメント来てる!」

心春が興奮した声で、スマホを見せてきた。

【コメント】


『第9話、めっちゃ熱かった! 主人公とヒロインの連携、最高!』

『戦闘シーンの構成が素晴らしい! 設定を考えた人、天才じゃないですか!?』

『山城ユウマさんと春告鳥さんの共同作品、やっぱり最高! 二人とも応援してます!』


「……」

俺は画面を見つめた。

『設定を考えた人、天才じゃないですか!?』

『山城ユウマさんと春告鳥さんの共同作品、やっぱり最高!』

(……俺の名前が、ある)

初めて、読者が俺のことを評価してくれた。

「……嬉しいな」

「でしょ!? 私も嬉しい!」

心春は笑って、俺の肩を叩いた。

「ほら、ゆーま。ちゃんと評価されてるじゃん」

「……ああ」

俺は頷いた。

(……やっぱり、諦めなくてよかった)

俺と心春の共同作品。

それは、少しずつ――確実に、読者の心を掴み始めていた。

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