第4話「初めての"壁"と、それぞれの本音」
投稿から一週間が経った。
俺と心春の共同作品『異世界で拾われた俺が、最強の守護者になるまで』は、順調に滑り出していた。
毎日更新を続けた結果――
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「……すげえな」
俺は自分のスマホで数字を見つめていた。
過去三年間、一度も到達できなかった数字。
それが、心春と組んで一週間で達成できた。
「ゆーま、ぼーっとしてないで。次のプロット考えてよ」
隣の席から、心春が声をかけてくる。
ここは放課後の図書室。
俺たちは毎日、ここで打ち合わせをしている。
「ああ、悪い」
俺はノートを開いて、ペンを走らせた。
「次は第8話だろ? えーと、主人公が村を救うために、魔物の巣窟に乗り込む展開で……」
「待って」
心春が俺の言葉を遮った。
「その展開、ちょっと早くない?」
「早い?」
「だって、まだ主人公とヒロインの関係性が深まってないじゃん。ここで戦闘シーン入れても、読者は感情移入できないと思う」
「……でも、ずっと日常パートばっかりだと飽きられるだろ」
「飽きられないよ。読者は、キャラ同士の関係性が見たいんだから」
心春は真剣な顔で言った。
「ゆーま、もうちょっと『間』を意識したほうがいいよ」
「間?」
「そ。物語の緩急。戦闘ばっかりだと疲れるし、日常ばっかりだと飽きる。だから、バランスが大事なの」
「……そういうもんか?」
「そういうもん」
心春は俺のノートを覗き込んで、指で軽く叩いた。
「じゃあ、第8話は日常回にしよう。主人公とヒロインが、村で一緒に買い物するとか」
「……地味すぎない?」
「地味じゃないよ。そういう何気ないシーンが、キャラの魅力を引き出すの」
心春はそう言って、ペンを走らせ始めた。
「私が書くから、ゆーまは次の戦闘シーンの構成考えておいて」
「……おう」
俺は少し釈然としない気持ちを抱えながら、ノートに向かった。
【その日の夜】
俺は自室のベッドに横になりながら、スマホでカクヨムを開いていた。
『異世界で拾われた俺が、最強の守護者になるまで』のコメント欄。
【最新コメント】
『第7話、めっちゃ面白かったです! 続きが気になる!』
『文章が読みやすくて、キャラも魅力的! 応援してます!』
『春告鳥さんの文章、やっぱり最高ですね!』
「……」
俺は最後のコメントを見て、少しだけ胸がざわついた。
『春告鳥さんの文章、やっぱり最高ですね!』
(……俺の名前は?)
共同執筆なのに、コメントのほとんどは「春告鳥」に向けられている。
俺の設定や構成については、ほとんど触れられていない。
「……まあ、仕方ないか」
俺は小さく呟いた。
だって、実際に文章を書いているのは心春だ。
読者が評価するのは、当然心春の文章力。
俺は、あくまで"裏方"。
「……それでいいんだよな」
そう自分に言い聞かせて、スマホを閉じた。
【翌日・昼休み】
「ゆーま、お弁当一緒に食べよ」
心春が俺の席にやってきた。
「おう」
俺たちは教室の隅で、向かい合って弁当を広げた。
「ねえ、ゆーま。昨日のコメント見た?」
「ああ、見た」
「みんな、すごく喜んでくれてるよね! 嬉しいなあ」
心春は笑顔で箸を動かしている。
「……なあ、心春」
「ん?」
「お前、コメント欄見て、何も思わない?」
「何も、って?」
「だって、ほとんどのコメントが『春告鳥』宛じゃん。俺のこと、誰も触れてない」
心春は箸を止めて、俺を見た。
「……気にしてるの?」
「いや、別に気にしてないけど……」
「嘘。気にしてるじゃん」
心春は少し困ったように笑った。
「ゆーま、それは仕方ないよ。だって、私のほうが知名度あるし」
「……そうだな」
「でも、ゆーまの設定がなきゃ、この作品は生まれなかったんだよ? それは、私が一番分かってる」
「……」
「読者は、まだゆーまの存在に気づいてないだけ。これから、もっとゆーまの凄さが伝わっていくよ」
心春は優しく笑った。
だけど――その笑顔が、今はどこか遠く感じた。
「……そうだといいけどな」
俺は視線を逸らして、弁当に箸を伸ばした。
【放課後・図書室】
「じゃあ、今日は第9話のプロット詰めよう」
心春はノートを開いて、ペンを取り出した。
「第9話は、戦闘シーンだよね?」
「ああ。主人公が魔物の群れと戦う」
「了解。じゃあ、戦闘の流れを教えて」
俺はノートを開いて、説明し始めた。
「まず、主人公が村の外れで魔物の気配を感じる。そこで、魔物の群れが村を襲おうとしているのを発見する」
「うんうん」
「それで、主人公が単独で立ち向かう。最初は劣勢だけど、ヒロインが助けに来て、二人で協力して魔物を倒す」
「……ちょっと待って」
心春が俺の言葉を遮った。
「その展開、ちょっとベタじゃない?」
「……ベタ?」
「だって、『主人公がピンチ→ヒロインが助けに来る』って、よくあるパターンじゃん」
「……それの何が悪いんだよ」
「悪くはないけど、読者は『また同じパターンか』って思うかも」
心春は少し考えてから、言った。
「もうちょっとひねったほうがいいんじゃない? 例えば、ヒロインが先に魔物と戦っていて、主人公が助けに行くとか」
「……それだと、主人公の見せ場がなくなるだろ」
「見せ場は別の形で作ればいいじゃん。例えば、主人公が作戦を立てて、ヒロインと連携するとか」
「……」
俺は少しイラッとした。
心春の言うことは正しい。
でも――なんだか、自分の考えを全否定されている気がした。
「……じゃあ、お前の好きなように書けばいいじゃん」
「ゆーま?」
「だって、どうせ最終的に文章を書くのはお前なんだから。俺の意見なんて、別にどうでもいいんだろ」
「そんなこと言ってないじゃん」
心春は困ったような顔をした。
「ゆーま、どうしたの? 何か、機嫌悪い?」
「……別に」
「嘘。絶対何かあるよ」
心春は俺の目を見て、静かに言った。
「ゆーま、ちゃんと言って。私、ゆーまのこと傷つけたくない」
「……」
俺は少し迷ったが――結局、本音を口にした。
「……俺、なんか自信なくなってきた」
「自信?」
「だって、コメント欄見ても、評価されてるのは全部お前の文章じゃん。俺の設定なんて、誰も褒めてくれない」
「ゆーま……」
「それに、プロット作っても、お前にダメ出しされる。俺の考えって、そんなにダメなのか?」
俺は自分でも驚くほど、感情的になっていた。
「……なんか、俺って必要なのかなって思えてきた」
心春は黙って、俺を見つめていた。
そして――ゆっくりと口を開いた。
「ゆーま、私ね」
「……」
「ゆーまがいなかったら、この作品は絶対に作れなかった」
「……」
「私、設定を考えるの苦手なの。世界観とか、キャラの背景とか、全然思いつかない」
心春は少し寂しそうに笑った。
「でも、ゆーまの設定は違う。すごく緻密で、面白くて、読者を引き込む力がある」
「……本当か?」
「本当だよ。だから、私はゆーまと組みたいって思ったの」
心春は俺の手を握った。
「ゆーまは、私の"相棒"だよ。対等なパートナー」
「……相棒」
「そ。だから、ゆーまが自信なくすのは、私も悲しい」
心春は真っ直ぐに俺を見て、言った。
「ゆーま、一緒に頑張ろう。お互いを高め合いながら」
「……」
俺は心春の手を握り返した。
「……ごめん。ちょっと、卑屈になってた」
「ううん。ゆーまの気持ち、分かるよ」
心春は優しく笑った。
「私も、最初はそうだったから」
「……最初?」
「うん。私も、カクヨム始めたばかりの頃は、誰にも評価されなくて、自信なくしてた」
心春は少し遠い目をした。
「でも、諦めなかった。毎日書き続けて、少しずつ改善して。そしたら、いつの間にか読者が増えてた」
「……」
「ゆーまも、絶対できるよ。だって、ゆーまの設定、本当にすごいもん」
心春は俺の肩を軽く叩いた。
「だから、一緒に頑張ろう。ね?」
「……ああ」
俺は頷いた。
(……よし。またやり直すか)
【その夜】
俺と心春は、LINEで通話していた。
「じゃあ、第9話のプロット、もう一回練り直そう」
「おう」
俺はノートを開いて、ペンを走らせた。
「心春の意見も取り入れて、もうちょっとひねった展開にする」
「ありがとう、ゆーま」
「礼なんていいよ。俺も、もっといい作品にしたいから」
「うん!」
心春の声が、少し嬉しそうに聞こえた。
それから一時間。
俺たちは、何度も議論しながら、プロットを練り上げていった。
「ここは、こうしたほうがいいんじゃない?」
「いや、それだとキャラの動機が弱くなる。こうしよう」
「あ、それいいね! じゃあ、ここはこう繋げて……」
議論するたびに、物語がどんどん良くなっていく。
(……やっぱり、二人でやるのって楽しいな)
俺は心の中でそう思った。
【翌日・放課後】
「ゆーま、第9話書けたよ!」
心春が嬉しそうに原稿を見せてくれた。
俺は画面を見て――驚いた。
「……すげえ」
昨日練ったプロットが、完璧に文章化されている。
主人公の葛藤。
ヒロインとの連携。
戦闘シーンの緊張感。
すべてが、鮮やかに描かれていた。
「心春、これ……マジでいいよ」
「ほんと!? よかった!」
心春は満面の笑みを浮かべた。
「ゆーまのプロット、めっちゃ書きやすかったよ。ありがとう」
「……いや、こっちこそ」
俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。
「じゃあ、投稿しよう」
「おう」
心春がクリックすると、第9話が投稿された。
【投稿から1時間後】
「ゆーま! コメント来てる!」
心春が興奮した声で、スマホを見せてきた。
【コメント】
『第9話、めっちゃ熱かった! 主人公とヒロインの連携、最高!』
『戦闘シーンの構成が素晴らしい! 設定を考えた人、天才じゃないですか!?』
『山城ユウマさんと春告鳥さんの共同作品、やっぱり最高! 二人とも応援してます!』
「……」
俺は画面を見つめた。
『設定を考えた人、天才じゃないですか!?』
『山城ユウマさんと春告鳥さんの共同作品、やっぱり最高!』
(……俺の名前が、ある)
初めて、読者が俺のことを評価してくれた。
「……嬉しいな」
「でしょ!? 私も嬉しい!」
心春は笑って、俺の肩を叩いた。
「ほら、ゆーま。ちゃんと評価されてるじゃん」
「……ああ」
俺は頷いた。
(……やっぱり、諦めなくてよかった)
俺と心春の共同作品。
それは、少しずつ――確実に、読者の心を掴み始めていた。
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