第3話「執筆開始、そして見えてきた"差"」

翌日の放課後。

俺と心春は、再び図書室の奥で向かい合っていた。

「じゃあ、役割分担を決めよう」

心春はノートを開いて、ペンを走らせる。

「ゆーまは設定とプロット担当。私は執筆とブラッシュアップ担当でいい?」

「ブラッシュアップ?」

「文章の推敲とか、読みやすさの調整とか」

「……お前に任せっきりじゃん」

「そんなことないよ。ゆーまの設定がなきゃ、私は書けないもん」

心春は笑って、続けた。

「それに、ゆーまにも執筆はしてもらうよ。アクションシーンとか、世界観の説明とか」

「マジで?」

「当たり前じゃん。共同執筆なんだから」

心春は真剣な顔で俺を見た。

「ゆーまと私で、一緒に作品を作るの。どっちが上とか下とかじゃなくて」

「……分かった」

俺は頷いた。

(よし、やってやるか)


その日の夜。

俺は自室のパソコンの前で、キーボードに指を置いていた。

画面には、真っ白なドキュメント。

そして、心春から送られてきたプロット。

【第1話:異世界の目覚め】


主人公・ユウキが目を覚ますと、見知らぬ森の中

記憶は曖昧だが、「何か大切なものを守らなければ」という想いだけが残っている

森で魔物に襲われるが、謎の少女・リーナに助けられる

リーナから、この世界が「魔法と剣の世界」であること、そして「魔王軍の侵攻」が迫っていることを知る


「よし……書くか」

俺は深呼吸して、キーボードを叩き始めた。


【一時間後】

「……っ」

俺は画面を睨んでいた。

文字数:500文字。

プロットでは「第1話:5,000文字」と指定されているのに、まだ10分の1しか書けていない。

「くそ……なんで書けないんだ……」

描写が思いつかない。

キャラの台詞が浮かばない。

情景描写も、どう書けばいいのか分からない。

「……やっぱり、俺には才能ないのか?」

そう呟いたとき、LINEの通知が鳴った。

送り主は――心春。

『ゆーま、進んでる?』

『……まあ、ぼちぼち』

『嘘ばっか。絶対詰まってるでしょ』

(なんで分かるんだよ……)

『別に詰まってねーよ』

『じゃあ、今書いた分送って』

『……まだ完成してない』

『いいから送って。途中でも』

俺は少し迷ったが、書きかけの原稿を送った。

数分後。

電話がかかってきた。

「もしもし」

『ゆーま、今から私の家来れる?』

「は? 今から?」

『うん。ちょっと、直接話したいことがあるから』

「……分かった」


【30分後・桜庭家】

心春の家は、俺の家から徒歩10分の距離にある。

幼なじみだから、家にも何度も来たことがある。

「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

心春は俺を自分の部屋に案内した。

部屋に入ると――壁一面に、本棚。

小説、ライトノベル、参考書、創作論の本がぎっしりと並んでいる。

「……すげえな」

「恥ずかしいから、あんまり見ないで」

心春は少し頬を染めて、パソコンの前に座った。

「で、ゆーまの原稿だけど」

「……ダメだった?」

「ダメじゃないよ。でも、もったいない」

心春は画面を開いて、俺の原稿を表示した。

「ほら、ここ。『ユウキは森の中で目を覚ました』って書いてあるけど、これだと読者が情景をイメージできないの」

「……どういうこと?」

「だって、『森の中』だけじゃ、どんな森か分からないじゃん。暗い森? 明るい森? 木々が密集してる? それとも開けてる?」

「……そこまで書くのか?」

「書かなきゃダメ。読者は、文章からしか情景をイメージできないんだから」

心春は俺の原稿を少し修正して、見せてくれた。


【修正前】

ユウキは森の中で目を覚ました。

【修正後】

目を開けると、視界に飛び込んできたのは深緑の木々と、枝葉の隙間から差し込む柔らかな光だった。土の匂いと、どこか甘い花の香りが混じり合っている。ユウキはゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡した。


「……すげえ」

修正後の文章は、圧倒的に読みやすく、情景が浮かんできた。

「これが、プロの技か……」

「プロじゃないよ。ただ、読者が『読みたくなる文章』を意識してるだけ」

心春は少し照れくさそうに笑った。

「ゆーまの文章、悪くないんだよ。でも、もうちょっと『読者目線』を意識すれば、もっと良くなる」

「読者目線……」

「そ。読者が何を知りたいか、何を感じたいか。それを考えながら書くの」

心春は俺の隣に座って、画面を指差した。

「例えば、ここ。『魔物に襲われる』って書いてあるけど、どんな魔物? 大きさは? 見た目は? 主人公はどう感じた?」

「……全部書くのか?」

「全部書かなくていい。でも、読者が『怖い』『ヤバい』って思える描写は必要だよ」

心春は少しずつ、俺の文章を添削していく。

その姿を見ながら、俺は思った。

(……やっぱり、すげえな)

心春は、文章の一つ一つに意味を持たせている。

無駄な言葉がない。

読者を飽きさせない工夫が随所に散りばめられている。

「……なあ、心春」

「ん?」

「お前、いつからこんなに上手くなったんだ?」

心春は少し考えてから、答えた。

「……三年間、毎日書き続けてたから、かな」

「毎日?」

「うん。学校が終わったら、バイトして、家に帰って、夜中まで執筆。休日も、一日中パソコンの前」

「……マジかよ」

「最初は全然ダメだったよ。PVも伸びなかったし、感想ももらえなかった」

心春は少し寂しそうに笑った。

「でも、諦めなかった。毎日、少しずつ改善して、少しずつ書き続けた。そしたら、いつの間にか読者が増えて、ランキングにも載るようになって」

「……」

「才能とか、センスとか、関係ないと思う。ただ、『続ける』こと。それだけ」

心春は俺を見て、笑った。

「ゆーまだって、続ければ絶対上手くなるよ」

「……そうかな」

「そうだよ。だって、ゆーまの設定、めっちゃ面白いもん。あとは、それを文章にする技術を磨けばいい」

心春は俺の肩を軽く叩いた。

「一緒に頑張ろう、ゆーま」

「……ああ」

俺は頷いた。

(……負けてらんねえな)


その日から、俺と心春の共同執筆が本格的に始まった。

俺は設定とプロットを担当し、心春が執筆とブラッシュアップを担当する。

毎日、放課後に図書室で打ち合わせ。

夜は、LINEで進捗報告。

「ゆーま、第1話できたよ!」

心春から送られてきた原稿を開くと――そこには、5,000文字の物語が広がっていた。

俺の設定を活かしながら、心春の文章力で磨き上げられた作品。

「……すげえ」

読んでいると、自然と物語に引き込まれていく。

主人公の葛藤。

異世界の情景。

ヒロインとの出会い。

すべてが、鮮やかに描かれていた。

「これ、俺の設定から生まれたのか……?」

信じられなかった。

俺が考えた設定が、こんなにも魅力的な物語になるなんて。

「心春、これ……めっちゃいいよ」

『ほんと!? よかった!』

『じゃあ、明日カクヨムに投稿しよう』

「投稿?」

『そ。私たちの共同作品、世に出すの』

「……マジで?」

『当たり前じゃん。作品は、読まれてナンボだよ』

心春のメッセージを見て、俺は少しだけ緊張した。

(……いよいよか)

俺と心春の、初めての共同作品。

これが、どう評価されるのか。

「……楽しみだな」

俺は小さく呟いた。


【翌日・放課後】

「じゃあ、投稿するよ」

心春はパソコンの前で、カクヨムの投稿画面を開いた。

タイトル:『異世界で拾われた俺が、最強の守護者になるまで』

著者名:山城ユウマ&春告鳥

ジャンル:異世界ファンタジー

タグ:【完全手書き】【AI不使用】【共同執筆】

「よし……投稿!」

心春がクリックすると、画面に「投稿完了」の文字が表示された。

「……やった」

俺は思わず拳を握った。

(ついに、俺の作品が……)

いや、違う。

(俺と心春の作品が、世に出た)

「ねえ、ゆーま」

「ん?」

「これから、毎日更新しようね」

「……マジで?」

「当たり前じゃん。読者は、続きを待ってるんだから」

心春は笑って、俺の手を握った。

「一緒に、最後まで書き切ろう」

「……ああ」

俺は心春の手を握り返した。

(……よし。やってやる)

俺と心春の、共同執筆。

その挑戦が、今、始まった。


【投稿から3時間後】

「ゆーま! 見て!」

心春が興奮した声で、スマホを俺に見せてきた。

画面には――

PV:320

☆:15

コメント:8件

「……マジかよ」

俺の過去作は、投稿から3時間でPV:30くらいだった。

それが、10倍以上。

「すげえ……」

「でしょ!? しかも、コメント見て!」

心春がコメント欄を開くと――

【コメント】


『手書きでこのクオリティ!? すごい!』

『設定が面白い! 続きが気になります!』

『文章が読みやすくて、一気に読めました!』

『共同執筆って珍しいですね。応援してます!』


「……」

俺は画面を見つめた。

初めて、読者からのポジティブな反応を受け取った。

「……嬉しいな」

「でしょ? 私も嬉しい」

心春は笑って、俺の肩を叩いた。

「これからだよ、ゆーま。もっともっと、いい作品を作っていこう」

「……ああ」

俺は頷いた。

(……やっと、スタートラインに立てた気がする)

俺と心春の物語は、まだ始まったばかりだ。

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