第2話 勇者の仲間たち
さて、数時間ほどが過ぎて――時刻は、夜。
俺のいる部屋には、ふたたび三人の美少女たちが集まっていた。
時間が経ったおかげだろう。彼女たちの顔色は、いくらかマシになっていた。まあ……そのかわり、さっきよりも目もとは赤く腫れているのだが。
「さてさて、どうかなアルっち! 記憶、しれっと戻ったりしてっ!」
そんな三人の中で、銀髪の美少女は無邪気な軽口を叩いてくれた。
その顔には、にっこりと明るい笑みを浮かべている。瞳の中に渦巻いていた闇のような何かは、綺麗さっぱりなくなっている様子だった。
「……ごめん。俺なりに、いろいろ思い返そうとしてみたんだけど……」
「ん……そっか、ダメかぁ」
銀髪の少女の笑顔が、わずかに曇る。
だけど彼女は、すぐに明るい声音へと切り替えて、
「ま、しょーがないねっ! でもさ、ほらっ! いつか、しれ〜っと思い出すかもしれないじゃん? だから、あんま落ち込まずにいこーよっ! ね、みんなっ!」
「……そう、だよね。いつまでも忘れたままって、決まったわけじゃないもんね……」
銀髪の少女の言葉に続いたのは、桃髪の少女。
彼女は、こくん、と可愛らしく頷いて、
「あの……アルくん、さっきはごめんね。あたし……うるさかった、よね……?」
子犬みたいな、しおらしい上目遣い。
さっきまでとは違って、彼女の青い瞳には、ちゃんと光が宿っていて。
その可憐な顔立ちに、俺は思わず目を奪われてしまう。……今さらだけれど、この場にいる三人の少女たちは、その全員が「超」という言葉がつくほどの美少女揃いだ。それぞれ系統は違うものの、彼女たちの容姿はとにかく抜群に優れているのである。
「えっと、ね。……みんなで話し合って、決めたの。改めて、キミに自己紹介しようって」
そう言うと、桃髪の少女はちょっとだけ照れくさそうに、
「あたしは、フェリナ。フェリナ=エルハートだよ。………よろしくね、アルくんっ」
白い頬をほんのりと染める、桃髪の少女――フェリナ。
清楚、という言葉がふさわしい可憐な容姿をした美少女だった。ハーフアップに結んだ桃色の髪に、青空のように綺麗な瞳。その白い肌は初雪を思わせるほどに美しく、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な身体には、言いようのない儚さを纏っていた。……そんなスレンダーな身体からすらっと伸びたふともものやわらかそうな肉つきが、なんとも魅力的である。
「それじゃあ、次は私ね――エルティナ=ロージアライトよ。今度こそちゃんと覚えなさいよね、アルジオ」
と、続けざまに名乗ってくれたのは、金髪の少女――エルティナ。
彼女の容貌は、神秘的なまでの美しさを誇っていた。吊り目がちな翠玉色の瞳を縁取る長いまつげや、色艶のいい桜色の唇が、彼女の精緻に整った顔立ちに極上の気品さを添えていた。――これは勝手な推測だけれど、おそらく彼女は、何かしらの高貴な身分の出なのではないかと思う。その容姿や所作のひとつひとつからは、上品さみたいなものが感じ取れるのだ。
「はいはいっ、最後はボクだねっ! ――ネクト=ノクタル! ふふんっ、いい名前でしょ?」
もうひとり、銀髪の少女――ネクトは、にへっと自慢げな笑みを見せつけてきた。
どこか中性的な雰囲気を纏った美少女である。ぴょこんと跳ねた癖毛が目立つショートカットの銀髪に、造り物めいた魅力が秘められた紅の瞳。彼女はそのボーイッシュな外見や振る舞いとは裏腹に、抜群のスタイルの持ち主でもあるらしく……下着なのではないかと疑うレベルでやたらと露出の多い衣服越しに、妖艶な身体のラインをこれでもかと主張していた。
とはいえ、それ以上に気になるのは、やはり――、
「あ。なになに、アルっち。もしかして、ボクの耳が気になる感じ?」
「……悪い、ちょっと見過ぎだったか」
「いいのいいのっ。アルっちは特別だからね~、好きなだけ見ていいよ?」
そう。
ネクトの耳は、三角形にとがっていて――いわゆる、エルフ耳の形をしていた。
そしてこの世界には、勇者がいて、魔王がいて、魔法と思わしき不思議な力があって。俺が想像している通りのファンタジー的な世界であるならば……ネクトの種族は、もしかして、もしかするのではないだろうか。
「ボクはね、ハーフエルフなんだっ! わかるかな、アルっち。エルフの血が、半分だけ流れてるの」
「おぉ、マジか……っ!」
「あ、あれぇ? なんでそんなに嬉しそうなのかなぁ、アルっち……?」
……しまった。ついつい興奮してしまった。
ハーフエルフ。空想上の種族だと思っていたが、まさか現実で目にすることになるとは。
しかもネクトは中性的な容姿をしているが、フェリナにもエルティナにも負けない美貌の持ち主である。エルフは美人ばかりだという話は本当なのだろうか、なんてことを考えずにはいられない俺だった。
(あぁ……そういえば、そうだったな)
ふいに、思い出す。
どこかへと沈んだはずの記憶が、ぼんやりと浮かび上がってくる。
(俺は――ゲームとか、ラノベとか。そういうのが、すごく好きだったんだ……)
たった、それだけのことではあるけれど。
自らのことを少しだけ思い出せたおかげで、とてつもない安心感を覚える。
胸の奥が、じわじわと暖まっていくような感覚だ。
うまくいけば……意外とすぐに、全ての記憶を取り戻せたりしてな。
「――アルくん。次は、キミの番だよ?」
と、優しい声音で、フェリナがそんな言葉をかけてきた。
俺の番。自己紹介のこと、だろうか。
「俺……俺の、名前は……」
記憶を遡ろうとするけれど、まあ――もちろん、そんなに都合が良いはずもなく。
でも。それでも、きっと。
この世界では、俺はアルジオ=フィルノートだったはずなのだ。だから、
「俺は、アルジオだ。
フェリナ、エルティナ、ネクト――ありがとな。ちゃんと、覚えたよ」
今は、笑おうと思った。
俺自身と、それから彼女たちの気持ちを。
ほんの少しでも、前向きなものにするために。
◇◇◇
その後、フェリナの提案で、俺たちはとある冊子を読むことにした。
それは――フェリナの宝物だという、いわゆる
「……あたしね。映写の
ベッドに腰掛けた俺の真横に座ったフェリナが、アルバムのページをめくりながら、うっすらと微笑んだ。
映写の魔導具というのは、おそらくカメラのようなもののことだろう。
アルバムに貼り付けられた写真たちには、色鮮やかな景色や、それらを旅する俺たちの姿が映っていて。
なるほど、この金髪のイケメンが
「この写真は、あたしたちがヒュラット平原の魔物を倒したときので――アルくん? どうかした……?」
「え? あ……ご、ごめん……」
思わず、俺はうろたえてしまう。
アルバムがどうこう、という話ではなく。
なんというか、その――この美少女たち、やたらと距離が近くないか?
俺のすぐ左横に座るフェリナとは肩と肩がぶつかる距離だし、彼女の桃色の髪がたまに俺の首筋をくすぐるし。その反対側のエルティナに至っては、しれっと俺の手を握ってきているし。すべすべとした手の感触に、俺の心臓は高鳴りっぱなしだった。
ネクトに関しては、あろうことか、俺の背後からアルバムを覗き込んでいる。それも……むぎゅう、と抱きつくような体勢で。そのせいで俺の後頭部のあたりには、豊満でやわらかい胸がぴったり押し当てられていた。
(これじゃあ、アルバムどころじゃないんだけど……?)
それに、あれだ。
彼女たちからは、ものすごく良い匂いがするのだ。
甘ったるい美少女の香りに囲まれて、今の俺は理性を保つことで精いっぱいだった。
「おーっ! この写真、コージリアの海だ! うひゃあ……ボクの水着姿、我ながらめちゃくちゃエロいじゃん……っ!」
「あ、これ。もしかして、デルウィン伯爵のお屋敷を借りたときの? あのメイドさん、元気にしてるかしら」
「あたしはね、この写真がすごく好きなんだ。お肉を口いっぱいに詰め込むアルくんとネクトちゃん……ふふっ、懐かしいなぁ」
笑ったり、懐かしんだり、たまに照れたり。
俺はそのとき、初めて彼女たちの純粋な笑みを目にしたような気がした。
やっぱり美少女には、明るい笑顔が似合うな――なんて、ごく当然のことを思う。
「アルジオ、どうかしたの? 私の顔、何かついてるかしら……?」
「いや、悪い。なんでもないよ」
「そ、そう? なら、いいんだけど……」
上目遣いで、心配そうに俺の顔を見つめてくるエルティナ。
君たちの美貌に見惚れていました、なんて正直に言えるはずもなく。
――そんな彼女の美しい顔が、わずかに歪んだ。
「っ……ねえ、アルジオ。その――」
どうして、なのだろうか。
エルティナの瞳が、だんだんと、潤んでいく。
「――約束。私との約束も、やっぱり、覚えてないの……?」
彼女の、縋りつくような上目遣いに。
俺は逡巡してから、そっと言葉を返す。
「……ごめん」
「っ……違うの。謝らなきゃいけないのは……私の、ほうだから……っ」
アルバムの空欄の上に、ぽたり、と雫が落ちた。
白いページに、黒いシミが広がっていく。
「アルジオ……ごめん、ね。ごめん、なさい……っ」
「ど、どうしたんだよ、エルティナ。いきなり、そんな……」
「私、わたし、ね……っ、キミを守るって、約束、したんだよ……? なのに、私は……あの結界を、破れなくて……っ、キミを、ひとりにして……っ!」
「っ、エルりん……」
頭上から聞こえるネクトの声は、弱々しいものだった。
表情こそ見えないけれど……彼女の瞳にも、涙がにじんでいるのだろうか。そんなふうに思えてしまう。
「そんなの……ボクも、だよ……っ、ボクが弱いから、アルっち、は……ボクが、もっと強ければ……キミに、あんな傷……っ!」
「あたし、だって……魔法の解析は、あたしの役割だった、のに……っ、治癒魔法だって、きっと完璧じゃなかったから、アルくんの記憶は……あたしが、もっと、ちゃんとしてれば……っ!」
「……ごめん、ごめんね、アルジオ……っ、私、もっと強くなる、から……っ! 今度こそ、キミを守れるように……だから、ねえ、お願いだから――」
ネクトの、彼女の明るさにまるで似合わない卑屈な声音が。
フェリナの、徹底的なまでに自分自身を責め続ける言葉が。
エルティナの、その美貌をぐしゃぐしゃに歪ませる感情が。
「お願い、だから……っ、ねえ、思い出してよ。ねえ、ねえってばぁ……っ!!」
あぁ――くそったれが、と思う。
記憶を失った今の俺でも、このことばかりは強く言い切れる。
美少女に似合うのは、断じて、絶望の涙なんかじゃない。
幸せな笑顔。彼女たちの可憐さがもっとも輝くのは、純粋無垢な笑みなのだ。だから、
「――――わかった。約束、するよ」
よくある英雄譚に登場する勇者にとってのそれは、魔王を討って世界の平和を掴み取ることだ。誰もが笑顔になれるような未来のために、その物語の主人公は、長い長い旅路を歩み進んでいく。それだけが、彼らが
だったら――この、すでに終わった物語においての
魔王を倒して、世界が平和へと向かいはじめて、人々の日常に笑顔の花が芽吹き出して。
それが、この世界が迎えた結末ならば――俺は絶対に、これを
俺が望むのは、誰もが幸せになれるような、完璧な
登場人物の全員が笑顔になれない結末なんか、この手で否定してみせる。
そのために、俺がすべきことは、ただひとつ。
「俺は絶対、みんなとの記憶を取り戻す。
だから――頼む。みんなの力を、俺に貸してほしいんだ」
フェリナに。エルティナに。ネクトに。
そして、ほかでもない
この約束を、刻みつけようと思う。
――なんとしても、
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記憶喪失になった。曇った目をした美少女たちに、「キミは世界を救った勇者なんだよ」と告げられた。 古湊ナゴ @nagoya_minato
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