第3話「好いた女を守るのは当然さ」
「そりゃもちろん。そこまでバカじゃねえよ」
だったら早々に身を引いて、汚点をつくるのはやめるべきだ。
「琴葉から寂しいって想いが消えて、それでも嫌だって言うなら離れるよ。だけど今は琴葉を一人にしたくない」
「そういうのを言い訳っていうのよ」
「諦めが悪くてオレもびっくりだ」
こんな調子だから私は彼を振り払いきれずにいる。
誰かと喋ることもなかったので、彼がトントンと声をかけてくることが新鮮だった。
ダメだとわかっているのに心は弾み、憎まれ口をたたいてもおおらかに包み込んでくれることがうれしかった。
***
街を抜けて、人の立ち入らぬ神聖な山に向かって進んでいく。
「! どうした、琴葉」
「先に行く。ついてこないで」
そう言って私は彼の制止を聞かずに走り出す。
前方から鼻をくすぐったのは”死の匂い”だ。
また誰か、寿命を迎えたのにどちらにも逝くことの出来ない魂がある。
そういった魂は悪霊となり、死んだ身体を使って悪さをし出す。
背負った鎌を手に取り、私は私の役目を全うするために”死神の顔”を表に出した。
山のふもとにある過疎化した村、暖かくなってきたことでコバエが飛び交っている。
鼻をつんざく酷い匂いの中、私は鎌を構えて死の色を見る。
小さなかやぶき屋根の家に入ると、そこには死にきれずに身体を震わせる子どもが寝ていた。
「な、なんです!? あなた一体……!」
子どもの母親が身をていして守ろうとしているが、私は同情を見せずに鎌を子どもに振り下ろす。
母親の身体を斬ることなく、子どもだけに刃が突き刺さり、子どもの口から白いモヤが出て刃に巻きついた。
「キャアアアアッ!!」
ビクンと身体が大きく跳ねたのを最後に子どもは動かなくなる。
魂を狩る光景を見た母親は悲鳴をあげ、動かなくなった子どもを揺さぶり嘆き悲しむ。
幼い子を狩らねばならぬときはいつも心が痛い。
だが同情を見せれば迷いが生まれ、悪霊を暴走させてしまう可能性があるので慈悲の心を持つわけにはいかなかった。
「人殺し! 死神めっ! 返せ! 私の子を返してーっ!!」
悲痛な叫びは外に盛れ、村人たちが疲れきった顔をして覗きに来る。
巨大な鎌を手に、人ならざる者の姿をした私を見て村人たちに戦慄が走った。
「死神だ! 死神が出たぞー!」
「聞いたことあっぞ! 狙われた者はみんな死んじまうんだ!」
「おっかねぇ! 追い出さねぇと村が滅んじまう!」
誰も死の恐怖を克服できない。
私のような存在は誰も呼んでいないと、恐れは暴力に変わっていく。
石を投げられるだけならまだマシだ。
打ちどころが悪いと動けるようになるまで時間がかかる。
それでも私には儚く美しく散れるときまで死が訪れない。
もう目の前に死はきているが、まだ死ねないと私は歯を食いしばって家を飛び出した。
いたい、いたい。
頭にあたった。
血が出て意識が遠のきそうだ。
今まで平気だったことなのに、やけに痛く感じるのはなぜ?
……そんなの、答えは知っている。
「琴葉っ!!」
彼が駆けてきて私の身体を抱きしめると、飛び交う石から身をていして守ってくれた。
「やめろっ! 女に石投げるなんて恥知らずが!」
「恥知らずはどっちだ! 人殺しをかばうなんてなぁ!」
「その女が私の子を殺したの! 人殺し……死神めえ!!」
子どもを抱えた母親が地面に落ちた石を拾い、悔しさいっぱいに投げてくる。
その石は私が受け止めるべきものだと手を伸ばすが、彼は頑なに譲ろうとしなかった。
「なんで……」
そこに私が狩ったばかりの子どもがいるのに。
死神として私が尊い命を奪ったと明白なのに、彼はどうして人殺しをかばう?
何一つ彼にとって良いことはないのに。
知り合って間もないのだから見捨てたっていいのに、彼はあまりに律儀で情の熱い人だった。
「言っただろ? オレは琴葉に惚れてるんだ。好いた女を守るのは当然だろう?」
「……バカね。あなた、本当にバカだわ」
「直感だ。守らないと後悔するって。これは本能だから仕方ねぇんだ」
本当に、いつになっても彼は愚直に私に愛を乞う。
何十年、何百年、何千年と時が流れようと、彼は私の目の前に現れる。
いつも私の心を崩すのはこの人だと、私は涙を浮かべて彼にしがみついた。
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