ぼくは朝食をとる。皿の上には何もない。

リチャードX世というタイトルなので歴史ものかと思ったら、全然違いました。AI人類の話。リチャード・ロウとはジョン・ドゥで、名無しのこと。

すみずみまで考え抜かれた作品で、私が特に印象的だったのは、リチャード本人と同時に真実に気づいていくところ。「映像旅行の話」だと思って読んでいたら、袖の「砂粒」から、AI人類だと知らされる展開が巧みでした。
しかし、それだけではない。
AIが人間になる話ではなく、人間という存在を受け継ぐ話でした。

シキラという名前についてはややこしくて、何度か読み返しました。

この作品には、AIパートナーのシキラ、人間の女性シキラ、未来世界のシキラ、シェケレシュ族、小惑星シェケレシュが出てきます。
全て「シキラ/シェケレシュ」という名で繋がっていて、「破壊者」だった古代の海の民の名が、「再生」を導く存在の名前として受け継がれていく構造になっています。

私は前にインドを旅行した時、インドの神シヴァが「破壊神」である同時に「想像神」だと教えられたことを思いだし、なるほどと思いました。

一番印象的だったシーンは、リチャードが真実に気づいた後、呟くシーンです。

「ぼくは朝食をとる。そのふりをする。皿の上には何もない」
 でも温かい食べ物は見えている。香りと味もする。

AI人類という設定を、人間性の本質を問う物語として昇華させた傑作です。