やっぱし、昨日のことは夢じゃないよね! えっちなご褒美はあるってことですよね!?


 窓から差し込む朝日に、黄金色に艶めくフレンチトースト。

 ミルクとバター、カラメル化した砂糖の甘さと僅かな苦味の混ざった香りが、冷たい朝に立ち上る。

 ナイフで切り、フォークで口へと運び……サクッ。もちっ。しんなり。

 よくあるべたついたしなしなのフレンチトーストではなく、本格的な食感に満足して頷く。

 味自体も完璧。口の中に極上の加減の甘みが広がるし、パン自体のほんのりと塩気があって、頬が落ちるくらい美味しい。


 俺は安堵の息を吐き、自分含め6人分皿に用意して、テーブルに並べた。


「おはよ……う、ございます」


 眠たげに目を擦って起きてきたのは、樋口さん。

 緩やかなウェーブがかった髪は、寝起きのご主人様の目を盗んで遊びまわっている。


「おはよう、樋口さん。朝食できてるから、座って」

「んー」


 目は全く開いていない。

 彼女は朝が強くないが、キッチリと起きてくる。

 そんな彼女のために用意したのは、カップ半量の暖かい緑茶だ。


「はい、目覚まし」


 マグカップを渡すと、樋口さんは手を滑らせかけた。

 俺は両手で彼女の手を包んで、しっかりと持たせる。

 そのまま椅子まで誘導し、座らせた。


「ありがとうございます……」


 緑茶を飲み込み、頬を染める樋口さん。

 目はぱっちりと見開いていて、遊んでいた髪の毛を叱るように手櫛していた。


「朝ごはん作ったから食べて!」


 樋口さんは、こくりと頷き、手を伸ばす。


「……美味しぃ」


 樋口さんの口にあったみたい。

 前世は家事が趣味だったが、異世界で大家になり、実益を兼ねるとは思わなかったな。


「おはようございます!」

「おはよう、錦見さん」


 次に起きてきたのは錦見さん。樋口さんと対照的に朝から元気だ。

 冬にも関わらず、暑がりの彼女は、胸元の開いたTシャツに薄手のパーカー。柔らかな質感のホットパンツといった軽装。

 俺が来てから身だしなみに気をつけているらしいけれど、それでも大きな胸、綺麗で滑らかな長い脚は目に毒だ。


「あー生きててよかったぁ。今日もせいを実感するぅ〜」


 そう言いながら、錦見さんは椅子に座り、手を合わせた。


「いただきます!! ん〜、うまかぁ〜」


 ぺろりと平らげたので、俺はキッチンに錦見さん用の朝食を取りに行く。


「はい。どうぞ」


 お盆の上に載せられたのは山盛りのご飯と、だし巻き、味噌汁、西京焼きと小さめのポークステーキ。

 フレンチトーストを食べる隣に配膳するのは眉がよるが、皆は一切気にしないので、よく食べる錦見さん用の朝食を並べた。


「ありがとうございます! はぁぁ、しあわせぇ〜。朝から及川さんのご飯がお腹いっぱい食べられる生活、もう死んでもいい〜」


 錦見さんは美味しそうに食べるので、作り甲斐があっていい。


「おはようございます」

「はよ」


 高校生組も起きてきた。


「うん、おはよう!」


 微笑みかけると、二人とも顔を真っ赤にして立ち止まる。

 硬直が解けると無言で席に座り、食事を始めた。


「おはよう、みんな」

「おはよ! 今日もご飯美味しいよ!」

「ほんと、まだ夢の中みたい」


 四人顔を付き合わせると、ほんの少しあった緊張が和らぎ、皆雑談を始める。

 朝食の席が賑わいだし、暖かな朝が始まった気がした。


「お、おはようございます!」


 最後に起きてきたのは水羽だった。


「おはよ、水羽」


 そう言った瞬間、空気が固まる。

 顔を真っ赤に染めて立ち尽くす水羽に、皆はギギギと首を回し、そのあとギュインと俺の方を向いた。目は大きく見開かれている。


「あはは、ご褒美、あげたからね」


 少しの沈黙。

 水羽以外のぽかんと空いた口から、


「「「「うわあああああああああああああ」」」」


 さまざまな感情が織り混ざった叫び。


「名前呼びのご褒美……ずるすぎ」

「やっぱし、昨日のことは夢じゃないよね!?」

「私らみたいな年下への子供向けじゃない。ちゃんと女に向けた呼び方……ずるい」

「えっちなご褒美はあるってことですよね!?」


 最後の質問に答えようとして恥ずかしくなる。

 けれど皆の目にはやる気がみなぎっていて、水をさすわけにはいかない。

 恥を捨てろ、俺。


「みんなが、頑張ったら、ね?」


「「「「よっしゃああああ!!」」」」


 皆がやる気に拳を握る中、俺は水羽に向けて唇の前で人差し指を立てる。

 ご褒美を内緒にしてくれ、という意図は伝わったようで、水羽は、こくこく、と頷いた。


 名前呼びがご褒美、と誤解してくれているみたいなので、そのままにしておけて良かった。

 エスカレートは緩やかにしたい。


 それから。皆はテキパキと朝の準備をして、玄関へ。


「行ってらっしゃい!」


 と送り出すと、皆はくねくねしながらも頷いて登校して行った。


 リビングに戻ると、一人、樋口さんが残っていた。

 窓の外を眺めてコーヒーを飲む姿は、クール系の美少女にしか見えない。

 だけどさっきを思い出し、ちゃんと性欲があるのだと思うと脳がバグってしまう。

 いやバグってるのは異世界人の俺の方なんだけど。


「及川さん? どしたの?」

「ああごめん。今日は休み?」

「うん。及川さんは……部屋に戻らないんだ」

「まあね。昨日、意味ないって言われたから、部屋に閉じこもる必要もないかなって」


 昨日までは自重していたが、意味がないらしいので閉じこもることはやめた。


「その方がみんなと交流できて、サポートの仕方も考えられるしね」

「……ありがと。じゃあ、なんだけどさ」


 樋口さんは机の上に置いてあったファイルから、報告書を取り出した。


 ——————

 及川さんへの報告書


 ・目標:ドラマの主演女優になる

 ・サブ目標:舞台、ドラマ、映画に出演(実績を積む)、雑誌の表紙を飾る、賞を取る(演技で高い評価をもらう)、SNSでフォロワー百万人(人気になる)

 ・直近の目標:MeTubeドラマのオーディションに合格


 ・今回の直近の目標:MeTubeドラマのオーディションに合格  

  取り組み方:稽古場で演技指導を受ける、台本を読み込む、読み合わせしてもらう

 ——————


 差し出されたものを読む。

 樋口さんも水羽と同様、しっかり埋めてあって嬉しい。


「私、大学では演劇部にいて、将来女優になりたいと思ってる」

「へえ、いいじゃん」

「えと、うん。深夜帯のドラマに端役で出たりしたことがあるけど、全然売れてない。事務所とかも入れてないし。だから、ちゃんとドラマの主演を張れるくらいになれば、大家さんも安心してくれるかなって」


 なるほど。樋口さんの目標はそれか。

 実現の見込みは薄いけれど、無理な話ではない。それに主演とまで行かなくても、ある程度知名度が上がれば、亡き母も安心してくれると思う。

 うん、そこまではちゃんと付き合おう。


「先週は何の用意もなく挑んで落とされたから、今回は事前に準備しようと思って。まあ、ちっさなところの、ちっさな企画のMeTubeドラマのオーディションで、そんなに気合い入れてたら浮くかもだけど……」

「偉い!」

「えっ?」

「手を抜かずに頑張るのはいいよ」

「う、うん。だから読み合わせを頼もうと思ってさ。その、男性とのラブストーリーだし……」

「勿論、おっけ」


 俺は頷いた。

 一晩で水羽同様、樋口さんも仕上げてきた。

 しかも頑張ろうと頼んできたんだから、応じるのは当然だ。


 それに報告書も書いてきたのだから……。


「じゃあ読み合わせがちゃんと出来たら、ご褒美をあげるね?」

「!?」


 樋口さんは雪のように白い肌を真っ赤に染め上げたのだった。

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