第10話 プライドよりもHPが大事

 4月12日(木)


 俺は教室に入るとまず、高野さんの元へと向かった。


「高野さん、おはよう。えっと…… ぐぐぐ…… あ、これもう言わなくてもよかったんだ」


「アハハハ! 今日も田中くんは面白いね」

 そう言った後、とびっきりの笑顔と一緒に、『おはよう』と言ってくれた。

 


 それから、高野さんの周囲にいる女子数人とも挨拶を交わした。

 HPが6になった。

 これも全て高野さんのおかげだな。


 嗚呼、挨拶って、なんて素敵なコミュニケーションなんでしょう!

 でも、挨拶を会話に含めていいのかな?

 まあ、女神様がこれで良いと思ってるんだから、あまり深く考えるのはやめよう。


 一仕事終えた俺は、自分の席に着いた。


「……おはよう」

 左隣の優木さんが挨拶してくれた。


「お、おはよう」

 若干緊張しながら、俺も挨拶を返す。


「えっと…… 体は大丈夫?」


「うん。あの…… 心配してくれてありがとう」


 今日も彼女はモジモジしている。

 もちろん俺もモジモジしている。


 きっとこの子は、とても優しい子なんだろうなと思った。

 緊張しながらも、クラスメイトの体調を気にかけてくれているのだろう。

 窒息した甲斐があったというものだ。

 でも、もう二度とごめんだだからな。


 モジモジしているうちに、担任の先生が来てしまった。

 うーむ…… もう少し優木さんと話せるようになりたいんだけど……


 以上、ここまでの獲得HPは8。現在所有しているHPと合わせても9。

 一方、1日の消費HPは16。

 そう、これでは午前中しかもたないのだ。



 まだ入学して4日目だというのに、今日は昼休みを挟んで5限まで授業があるという。


『今日の昼休みは学食や購買など、いろんなところに教員が立っているから、わからないことがあれば聞くように』と、担任の先生が言っていた。


 なるほど。

 昼休みの過ごし方を学ぶようにという配慮なんだな。



 ♢♢♢♢♢♢



 1限目が終わり、休憩時間に入る。


 高野さんは大勢の友達に囲まれながら、ワイワイと楽しそうに話をしている。

 優木さんは、教室の前の方に座っているおとなしそうな女の子の所へ行ってしまった。


 うーむ…… あの二人の所に行って、会話の輪の中に入る勇気のない自分が悔やまれる。

 中二少女は、やっぱり教室の中では話しかけてくれない。


 休憩時間に3人の周りをウロウロするが、当然のごとく誰とも話をすることが出来なかった。

 唯一話をしたのは、ある男子から『お前、挙動不審だぞ』と声をかけられたため、『ききき気のせいだよ』と答えたぐらいかな……



 ♢♢♢♢♢



 昼休みになってしまった。

 ここまでで得られた情報は、中二女子の名前が『九条薫子くじょうかおるこ』だということだけだ。

 もちろん、俺が直接確認した訳ではない。

 授業中、先生が中二女子に『九条薫子さん、この問題わかりますか?』と尋ねていたのだ。

 なんだか自分で言ってて、情けなくなってくるな……



 では、昼休みに入ってからの彼女たちの行動について確認してみよう。

 高野さんは他のクラスの生徒と一緒に教室から出て行ってしまい、優木さんはやっぱり教室の前の方で、仲良しの女子と一緒に弁当箱を広げ始めた。


 何度でも言おう。

 今の俺では、そんな二人に話しかけることなど出来ようはずがないのだ。


 しかし、俺にはもう後がない。

 現在の残存HPは1。

 そう、もうHP的に後がないのだ。



 九条さんの様子を確認する。

 一緒にご飯を食べる友だちを待っているのだろうか、キョロキョロと周囲を見渡している。


 今だ!

 チャンスは今しかないのだ。


 俺は事前に用意しておいたメモ用紙をクチャクチャに丸めて、周囲の人間には悟られないようにサッと彼女の机の上に置く。

 そして教室の入口へと向かった。


 俺はメモにこう書いておいた。


『昨日の邂逅の地にて我一人で待つ。世界の闇を払う鐘が鳴る前に来られたし』


 これ、昨日の夜頑張って書いたんだよね。

 要は『校舎裏で待ってるから、5限目が始まるチャイムが鳴る前に来てね』という意味だ。



 さて、校舎裏で待つこと数分。

 九条さんがやって来た。


 ご飯を食べてから来る可能性も考えたが、どうやら彼女ははやる気持ちを抑えられなかったようだ。


 無言でこちらへと歩みを進める九条さん。

 足を止めた彼女に向けて、俺は言葉を放った。


「これから定期的に、闇のミサをり行わないか?」


 ああ恥ずかしい。何言ってんだろ、俺。

 でも、九条さんが、『自分は闇の住人だ』って言ってたんだから仕方ないじゃないか。

 それに、ミサという言葉は中二病の人の琴線に触れるって、ネットに書いてあったんだ。



 九条さんがニヤリと笑う。

 どうやら彼女の心を捉えたようだ。


 九条さんはゆっくりと口を開いた。

「フっ、アンタ、やっぱり——」

 俺は慌てて、彼女の言葉に自分の言葉を被せる。

「そうそう、やっぱりだよ!」


「やっぱりそう言うと——」

「だよね、言うと思ったよね」


「そう言うと思っていた——」

「だよね、絶対そう言うって——」


「ああ、もう! アンタ、人の話にチャチャ入れんじゃないわよ!」


「ちょっと待ってくれよ。君の話は長いんだよ!」

 昨日、俺は作戦を考えたのだ。


 九条さんは長い台詞を一人で喋るのがお好みのようだ。

 でも、それでは会話にならない、そうHPが稼げないのだ。

 だから、無理矢理長い会話を分断してやろうと考えた訳だ。


 でも、この作戦を遂行するためには、相手に納得してもらえる理由が必要だ。

 俺が考えた理由は次の通りだ。


「俺、バカだから会話を小分けにしてくれないとわかんないんだよ!」

 仕方がないんだ。これしか思いつかなかったんだ……


「まあ…… バカなら仕方ないわね」


「うん、そうだよね!」

 さようなら、今まで俺が16年間築き上げてきた我がプライドよ。



「アンタならきっとそう言うって思ってたの。こんな感じでいい?」


「ありがとう、とてもよくわかるよ」


「そういうことなら、とりあえず今日の放課後、また校舎裏に来て——」


「放課後じゃ遅いんだよ!」


 只今のHPは8。

 もう一息、あと1HPで今日を乗り越えられる。



「最後に一言、これだけは聞いて欲しいんだ!」


「何よ?」


 あ、これでHPが9になった

 これでも一応会話が成立したことになるんだな。

 よし、これでなんとか午後もしのげそうだ。


 安堵の心が思わず口から言葉がこぼれた。


「ありがとう、助かったよ」

 窒息死しなくて済んだんだ、本当に感謝してるよ。


 改めて九条さんの顔を見ると……

 あれ? 大きく目を見開いて、なぜか体をフルフルと震わせている。


「アンタも今まで一人で大変だったようね」

 どうやら彼女は、お礼の意味を取り違えているようだ。


「でも安心して、アンタの居場所は必ずアタシが守るから!」

 フンと大きな鼻息を漏らした九条さんは、浮かれた足取りで教室に戻って行った。

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