私たちの曲を聴くやつはいない

「カナちゃん、テツくん、用意はいい?」


 ステージ横、前に立つアオイが振り返ってこちらを見る。


「お前が一番準備できてねえだろ」


 腑抜けた面をした金髪の男に、脇腹に手刀をお見舞いする。


「痛い⁉ 女の子が乱暴はだめだって何回言ったら――」

「……二人とも、な」


 言い合いの最中、筋肉バカテツからのチョップを喰らってしまった。本人は軽くやってるつもりらしいが、力が強すぎるがゆえにめちゃくちゃ痛い。


「……よし、やるか」


 髪をかき上げた瞬間、アオイの目つきが変わる。いつもの薄ら笑いから一転して、睨むような凄みのある目線。普段のアオイではなく、ミメシスのアオイだ。


 一拍遅れて、私も気合いを入れる。アオイとは逆に、睨んだような目から優しそうな笑みを作って見せた。

 テツだけがいつもと変わらず、無口で不愛想な、面白みのない顔だ。


 三人で足並みを揃え、観客の待つステージへと一歩踏み出す。 


「テツがうらやましいよ、私は」

「……」


 テツは相変わらずの無言。満足もせず、ただこれといった不満もなさそうな、本当に面白くない顔。


 ステージに顔を出した瞬間に客席から上がる、黄色い歓声。その全てが、アオイに向けられている。

 いつも通りだ。メジャーデビューしてからはずっと、どのライブでも同じ反応。


「アオイくーん! コッチ向いて―!」

「今日もかっこいいよー!」


 そんな声に向かって、アオイは手も振らず淡々と自分の立つ場所へと歩いていく。

 客席からは「この塩対応も素敵……!」なんて声が聞こえてくるが、私は知っている。

 本人は今、手を振り返したくてたまらないんだろうなということを。


 お高く留まりやがって……なんて考えてしまうと、せっかく作った笑顔が消えてしまいそうなので必死に考えないようにした。

 まぁ、客は私のことなんて見ていないから一緒だろうけれど。


 三人が自分の位置に立つと、アオイは徐に右手を突き上げ、こぶしを握った。


 歓声が止まる。


「えー……機材トラブルのせいで俺たちの出番が遅れたわけだけど」


 静寂の中、アオイがスタンドに固定されたマイクを強く握りしめた。


「待ちくたびれて帰った奴なんて、いねえよなぁ!」


 ドッと、数秒間抑えられていたものが解放され、ライブハウス内がまた騒がしくなる。


 その騒がしさを他所に、テツがスネアドラムを三度鳴らす。

 テツのドラムを合図に、アオイがギターの最初の一音を弾き、私もそれに続いてベースを弾き始めた。


 演奏が始まると同時に観客のボルテージも上がり、アオイを呼ぶ声も大きくなっていく。


 今このステージに、私を見ている人間はどれくらいいるのだろうか。

 アオイはこの声援を受けて、何を考えているんだろうか。

 そんなことを考えながら、観客とテツ、アオイを順々に流し見していく。


 一曲目のBメロに入ったころ。

 私はふと、アオイの足元がチカチカ光っていることに気付いた。


 エフェクターだ。アオイが借りてきた、ライブハウスの機材。

 発光するなんて機能はないはずなのに、何かがおかしい。


 テツの方へ視線を向けるが、演奏に集中しろよというような目でこちらを見ている。

 アオイは前を向いて歌っているだけ。

 客はもってのほか、アオイの顔だけを見ている。


 私以外、誰も気付いている奴がいない?

 ありえない、こんなの一目でおかしいと分かるはずなのに。


 そうこうしているうちに、曲はサビに入ろうとしていた。

 本来ならここで、アオイがエフェクターを踏む。


 このまま続けて……そのエフェクターを踏んでも問題はないのか?

 私はそればかりが気になって仕方がない。


 アオイはエフェクターを踏もうと、一瞬だけ下を向いた。

 異変に気付いたのか、目を見開いたが踏むという動作を途中でやめることも出来ず、そのまま思い切り踏んでしまう。


 瞬間、ブチッという大きな音を上げて暗転した。

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曲の聴けないお前達へ カンザキアヤメ @Kanzaki_Ayame

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