曲の聴けないお前達へ

カンザキアヤメ

どいつもこいつもギターの顔目当てだ

「ふぅ……」


 深いため息が、煙草の副流煙とともに流れていく。この後待ち受けているギター目当ての黄色い歓声いつもの光景を想像してしまい、私の心はより一層鬱々としてしまっていた。


「カナちゃん、顔怖いよ」


 狭い喫煙所のドアを開けて、元凶の男が入ってきた。私が所属するバンド「ミメシス」のギターボーカルであるアオイだ。


「誰のせいだよ……」 


 アオイの方を見ずに冷たく言い放つと、煙草を咥えようと上げた顔を強引に引っ張られた。


「なんだよ」


「人の目はちゃんと見ながら話さないとって、何回言ったら分かるのかな?」


 にっこりと笑うアオイの顔が、私の目いっぱいに飛び込んでくる。

 小さなころからずっと見てきた、整った顔立ち。私がこいつの幼馴染じゃなければ、簡単に恋にでも落ちてたんだろうな。


「……早く離さねぇとそのたっけぇ鼻つぶすぞ」


 火のついたままの煙草をアオイの鼻の頭に突きつける。火種が鼻に当たる寸前で、ようやく私は解放された。


「女の子なんだから、言葉遣いも直さないと。ね?」


 アオイは私の頭を撫でて立ち上がり、喫煙所のドアを開ける。


「出番、もうすぐだからね」


 喫煙所から一歩踏み出し、アオイはそのまま出ていく素振りを見せる。


「エフェクター、どうすんのさ」


 業務連絡。馬鹿野郎アオイがリハで自分のエフェクターを壊したおかげで出番が遅くなったものの、これ以上はミメシスの……いや、アオイのファンもしびれを切らしてしまう。


「前の型のが置いてあってさ。使用許可取ってきたよ」


「あっそ。じゃ、そろそろ野蛮で言葉遣いの荒いアオイきゅん♡の出番ですか」


「品行方正で物静かなカナちゃんの出番でもあるね」


 アオイが私の方に手を伸ばす。この手を取った瞬間から、私は普段とは違う、かわいらしいベーシストのカナちゃんだ。


「じゃあ、行こっか!」


「……毎度毎度、この変わり身の早さには驚かされるよ」


「うるさい、早くテツも呼んで来いよ」


「はいはーい」


 半笑いのアオイのケツを蹴り上げ、私は大きく伸びをして歩き出した。

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