第18話「新たな旅立ち、思い出の地を後にして」

 王国からの使者を追い返したことで、俺の過去との決着はついた。

 もう、このクローネンベルク王国に、俺の心残りはない。


 カイザー殿下と共に、帝国へ行く。

 そう決意を固めた俺は、村人たちに別れを告げる準備を始めた。

 一番に話したのは、ヨハンだった。


「……帝国、か。すげえな、レオンさん」


 俺の告白を、ヨハンは驚きながらも、どこか納得したように聞いていた。


「あんたが、ただの追放貴族じゃねえってことは、とっくに気づいてたさ。でも、まさか帝国の皇太子妃様になるとはな」


 彼は、少し寂しそうに笑った。


「行っちまうのか。せっかく、この村も良くなってきたのによ」


「ああ。だが、この村のことは心配いらない。カイザー殿下が、帝国の直轄領として保護してくださることになっている。今よりもずっと、豊かで安全な場所になるはずだ」


「……そうか。なら、安心だ」


 ヨハンは、俺の肩を力強く叩いた。


「達者でな、レオンさん。あんたのこと、俺たちは絶対忘れねえからよ。あんたは、この村の英雄だ」


 その言葉に、胸が熱くなった。


 俺は、村人たち全員を集め、自分の口から全てを話した。

 俺が追放された貴族であること。

 カイが、実は帝国の皇太子殿下であること。

 そして、俺が彼の妃として、帝国へ旅立つこと。

 村人たちは、最初こそ驚きと戸惑いを見せたが、やがて、皆が温かい拍手で俺たちの門出を祝ってくれた。


「レオン様、おめでとうございます!」


「カイ様、レオン様をよろしくお願いします!」


 彼らは、俺の身分が変わっても、変わらずに「レオンさん」「カイさん」と呼んでくれた。

 そのことが、何よりも嬉しかった。


 出発の日。

 村人たちが、総出で見送りに来てくれた。

 女たちは、俺たちが道中で食べるためのパンや干し肉を持たせてくれた。

 子供たちは、俺に野の花で作った花束をくれた。


「レオンさん、これ!」


 小さな女の子が、俺に手作りの木彫りの人形を差し出した。

 それは、俺をモデルにしたものらしく、銀色の髪の代わりに、トウモロコシの毛がつけられていた。


「……ありがとう。大事にするよ」


 こみ上げてくる涙を、必死でこらえる。

 カイザー殿下は、そんな俺の隣で、優しく微笑んでいた。


「愛されているな、お前は」


「……ああ」


 俺は、帝国の壮麗な馬車に乗り込んだ。

 窓から顔を出すと、村人たちがいつまでも手を振ってくれていた。

 ヨハンの顔も見える。

 彼は、泣きそうな顔を隠すように、そっぽを向いていた。


『ありがとう、みんな。さようなら』


 心の中で別れを告げ、俺は深く頭を下げた。

 馬車がゆっくりと動き出す。

 次第に遠ざかっていく、グライフェンの村。

 荒れ果てた絶望の地だったこの場所は、今では俺にとって、かけがえのない思い出と希望の地になっていた。

 ここで過ごした短い時間は、俺の人生の宝物だ。


 寂しくない、と言えば嘘になる。

 だが、俺は前を向かなければならない。

 隣には、俺の運命の番がいてくれる。

 彼の手が、俺の手を力強く握りしめていた。


「大丈夫だ、レオン。これから始まるのは、もっと素晴らしい人生だ」


「……うん」


 俺は、カイザー殿下の肩に、そっと頭を預けた。

 思い出の地を後にして、俺は新たな世界へと旅立つ。

 そこには、どんな未来が待っているのだろうか。

 少しの不安と、それを遥かに上回る大きな期待を胸に、俺を乗せた馬車は、太陽が昇る東の帝国へと向かって、走り出した。

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