第19話「帝都の歓迎と未来の后」

 数週間にわたる旅の末、俺たちを乗せた馬車はついに、エーデルシュタイン帝国の帝都、アーレンスブルクへと到着した。

 その威容に、俺は息をのんだ。


 高くそびえる城壁。

 整然と区画整理された美しい街並み。

 そして、街の中心にそびえ立つ、白亜の皇城。

 クローネンベルク王国の王都など、まるで田舎の街のように思えるほど、圧倒的なスケールと気品に満ち溢れていた。


 俺たちの馬車が帝都の門をくぐると、沿道は溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。


「カイザー殿下、ご帰還おめでとうございます!」


「皇太子殿下、万歳!」


 彼らは、次期皇帝であるカイザー殿下の帰還を、心から歓迎しているようだった。

 その熱気に、俺は少し気圧されてしまう。


 やがて、人々の視線は、カイザー殿下の隣に座る俺へと注がれた。


「あの方が、殿下の運命の番様……」


「なんてお美しい方なんだ……」


「銀の髪に紫の瞳……まるで、月の妖精のようだわ」


 好奇と、驚嘆と、そして歓迎。

 様々な感情が入り混じった視線が、俺に突き刺さる。

 俺は、追放された罪人だ。

 そんな俺が、この国の民に受け入れられるのだろうか。

 不安に駆られ、思わず手を固く握りしめると、隣のカイザー殿下が、その手を優しく包み込んでくれた。


「顔を上げろ、レオン。お前は、未来の皇妃だ。堂々としていろ」


 その言葉に励まされ、俺は背筋を伸ばし、民衆の視線をまっすぐに受け止めた。


 馬車が皇城に到着すると、そこには皇帝陛下をはじめとする皇族や、帝国の大臣たちがずらりと並んで、俺たちを出迎えていた。

 その中心に立つ、カイザー殿下によく似た、威厳あふれる壮年の男性。

 彼が、現皇帝、ジークフリート陛下だろう。


 カイザー殿下は俺の手を取り、馬車から降りると、皇帝陛下の前で深く跪いた。


「父上、ただいま戻りました」


「うむ。長旅、ご苦労だった、カイザー」


 皇帝陛下は厳かな声でそう言うと、その視線を俺に向けた。

 鋭い、全てを見透かすような眼差し。

 俺は緊張で体がこわばるのを感じた。


「そして、そなたが、我が息子の番か」


「は……はい。レオン、と申します」


 声が震えなかったのは、奇跡に近い。

 皇帝陛下は、俺を値踏みするようにじっと見つめていたが、やがて、その厳格な表情をふっと和らげた。


「……良い目をしておる。カイザーが惚れ込むだけのことはあるな」


 そして、驚くべきことに、皇帝陛下は自ら俺に手を差し伸べ、立ち上がるよう促したのだ。


「ようこそ、エーデルシュタインへ。レオン。そなたを、我ら家族の一員として、心から歓迎する」


 その言葉に、周りの大臣たちからも、どよめきが起こった。

 皇帝陛下が、これほどまでに好意的に俺を受け入れてくれるとは、思ってもいなかった。

 カイザー殿下が、事前に俺のことを詳しく話してくれていたのだろう。

 俺の過去も、オメガであるという事実も、全て承知の上で、こうして迎え入れてくれているのだ。


 その夜、皇城では俺のための歓迎の宴が盛大に開かれた。

 きらびやかな衣装に身を包んだ貴族たち。

 豪華絢爛な食事。

 全てが、俺の知っている世界とは別次元だった。


 俺は、カイザー殿下のエスコートで、多くの貴族たちに紹介された。

 彼らは皆、未来の皇太子妃である俺に、敬意と好意を示してくれた。

 追放先の辺境で泥にまみれていた男が、今や一国の后として扱われている。

 運命とは、分からないものだ。


 宴の途中、カイザー殿下は俺をバルコニーへと誘った。

 眼下には、宝石をちりばめたような帝都の夜景が広がっている。


「どうだ、レオン。気に入ったか? これから、ここがお前の住む世界になる」


「……ああ。美しすぎて、まだ実感が湧かない」


「すぐに慣れるさ」


 カイザー殿下は、俺の肩を優しく抱き寄せた。


「レオン。改めて、言わせてくれ。俺と、結婚してほしい」


 彼は、懐から小さなベルベットの箱を取り出した。

 その中には、夜空に輝く星々を閉じ込めたような、美しいサファイアの指輪が収められていた。


「これは、代々エーデルシュタインの皇妃に受け継がれてきた指輪だ。お前に、これを受け取ってほしい」


 差し出された指輪を、俺は震える指で受け取った。

 もう、迷いはない。


「……はい。喜んで」


 俺の答えに、カイザー殿下は満面の笑みを浮かべると、指輪を俺の左手の薬指にはめてくれた。

 ひんやりとした感触が、俺の指に吸い付くようだ。

 彼は、そのまま俺の体を抱きしめ、深く、優しい口づけを落とした。


 それは、永遠を誓う、約束のキス。

 悪役令息として全てを失った俺が、運命の番と出会い、今、最高の幸福を手にしようとしている。

 俺の新しい人生が、この輝かしい帝都で、今まさに始まろうとしていた。

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