第17話「愚者の来訪、決別の言葉」

 俺がカイザー殿下のプロポーズを受け入れた、まさにその翌日のことだった。

 村がにわかに騒がしくなり、ヨハンが慌てた様子で俺たちの元へ駆け込んできた。


「レオンさん! 大変だ! 王都から、騎士団が……!」


 その言葉に、俺とカイザー殿下は顔を見合わせた。

 まさか、こんなタイミングで。


 村の入り口には、クローネンベルク王国の紋章を掲げた一団が到着していた。

 先頭に立つのは、見覚えのある顔。

 アルベルト王子の側近である、マルクス騎士団長だ。

 彼らは、俺の姿を認めるなり、馬から降りて丁重に頭を下げた。


「レオン様! ご無事でしたか! アルベルト王子殿下からの命により、お迎えに上がりました!」


 その芝居がかった口調に、俺は思わず冷たい笑みを浮かべた。


「迎えに? 俺は、この地に追放された罪人のはずだが?」


「い、いえ! あれは全て、間違いだったのでございます! 王子殿下も、深く後悔されております! どうか、レオン様のお力で、再びこの王国をお救いください!」


 マルクスは必死の形相で訴えかけてくる。

 その後ろでは、他の騎士たちも神妙な顔で頭を垂れている。


 彼らの様子から、王国が相当まずい状況に陥っていることは、容易に想像できた。

 自業自得だ。

 俺が必死で築き上げようとしていたものを、自分たちで壊しておいて、今更助けを求めに来るなど、虫が良すぎるにも程がある。


「お断りします」


 俺は、間髪入れずに言い放った。


「なっ……!?」


 マルクスは、俺が断ることなど微塵も考えていなかったのだろう。

 驚愕に目を見開いている。


「レオン様、それを言わずに! このままでは、王国が……!」


「知ったことではありません。あなた方が、ご自分たちで選んだ道でしょう」


 俺の冷徹な言葉に、騎士たちは言葉を失う。

 そこに、今まで黙って成り行きを見守っていたカイザー殿下が、俺の隣にすっと進み出た。


「それ以上、私の番に気安く話しかけるな。不愉快だ」


 その声は低く、地を這うような怒気がこもっていた。

 マルクスたちは、カイザー殿下の、ただ者ではない圧倒的な存在感に気圧され、たじろいだ。


「な、何者だ、貴様は……!」


「俺か? 俺はカイザー・フォン・エーデルシュタイン。この男、レオンを、我が妃として迎えに来た」


 カイザー殿下は、俺の腰をぐっと引き寄せ、所有権を主張するように抱きしめた。

 エーデルシュタイン帝国。

 皇太子。

 妃。


 その単語の一つ一つが、マルクスたちの頭をハンマーで殴りつけたようだった。

 彼らの顔が、絶望の色に染まっていく。


「そ、そんな……馬鹿な……レオン様が、帝国の……?」


「そういうことだ。レオンは、もうお前たちの国の人間ではない。私の、エーデルシュタイン帝国の人間だ。不服があるなら、我が帝国を敵に回す覚悟で言うがいい」


 帝国の名を出すのは、反則だ。

 小国であるクローネンベルク王国が、大陸最強の帝国に逆らえるはずがない。


 マルクスは、その場にがっくりと膝をついた。


「……もはや、これまでか……」


 全てが終わったのだと、彼は悟ったのだろう。

 俺は、そんな彼らを冷たい目で見下ろした。

 同情など、かけらも湧いてこない。


「お帰りください。そして、アルベルト殿下にお伝えください。『あなたに捨てていただいたおかげで、私は真実の幸福を見つけることができました』と」


 それは、俺なりの、最大限の皮肉であり、過去との完全な決別の言葉だった。

 王国からの使者たちは、ほうほうの体でグライフェンを去っていった。

 彼らが持ち帰る絶望が、アルベルトへの最後の罰となるだろう。


 俺は、もう振り返らない。

 新しい人生が、輝かしい未来が、俺を待っているのだから。

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