第12話「運命の番、戸惑いと引力」

「運命の……番……」


 俺は、カイの言葉を鸚鵡返しに繰り返した。

 頭がうまく働かない。

 あまりにも現実離れした響きに、これは夢なのではないかとさえ思った。


「ああ。間違いない」


 カイの表情は、どこまでも真剣だった。

 彼の金の瞳は、疑うことを許さない強い光を宿している。


「昨夜、お前のヒートが始まった時、俺はすぐに分かった。この魂が震えるような感覚は、運命の相手にしか感じないものだと、父から教えられていたからな」


 彼は、俺の混乱を察したように、ゆっくりと説明を続けた。


「だから、俺は必死で理性を保った。お前が望まない形で、お前を無理やり抱くことだけは、絶対にしたくなかった。俺のフェロモンを放って、お前の熱を少しでも和らげるのが精一杯だった」


 そうだったのか。

 昨夜、俺が意識を失った後、彼は一人で俺のフェロモンと戦い、俺を守ってくれていたのか。

 その事実に、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。


「……信じられない」


 それでも、素直に受け入れることはできなかった。

 俺は悪役令息として追放された、欠陥品のオメガだ。

 そんな俺に、運命の番などという、祝福された存在がいるはずがない。


「信じられなくても、事実だ。……なあ、レオン。お前は、俺のそばにいると、どう感じる?」


 カイは、俺の手にそっと自分の手を重ねた。

 大きな、ごつごつとした男の手。

 なのに、触れた場所からじんわりと熱が伝わってきて、不思議と心が安らいだ。


 彼のフェロモンもそうだ。

 本来なら、アルファのフェロモンはオメガにとって脅威にすらなり得るのに、カイの香りは、まるで陽だまりのように俺を優しく包み込んでくれる。


「……安心、する」


 正直な気持ちを口にすると、カイは嬉しそうに目を細めた。


「だろうな。それが、番である証拠だ」


 彼は重ねた手に、わずかに力を込めた。


「レオン。俺は、お前が欲しい。お前がオメガだからじゃない。お前がレオンだから、欲しいんだ。お前の強さも、優しさも、そして弱さも、全て含めて、俺がお前を守りたい」


 力強い、愛の告白。

 俺は、生まれて初めて誰かに、こんなにもまっすぐな好意を向けられた。


 アルベルトが俺に求めたのは、ヴァイスハイト公爵家の権力と、彼の隣に立つにふさわしい完璧な人形だけだった。

 家族でさえ、俺を「出来損ない」としか見ていなかった。

 だが、カイは違う。

 彼は、ありのままの俺を見て、欲しいと言ってくれている。


 嬉しくない、と言えば嘘になる。

 心臓が、破裂しそうなくらいに高鳴っている。

 でも、同時に恐怖もあった。

 彼を受け入れてしまって、いいのだろうか。

 俺は、幸せになる資格などないのではないか。


「……俺は、追放された身だ。お前にとって、足手まといになるだけだ」


「俺がそんなことを気にする男に見えるか?」


 カイは、俺の迷いを見透かしたように、ふっと笑った。


「それに、お前は足手まといなんかじゃない。この村をお前がどう変えたか、俺はずっと見てきた。お前は、誰よりも強く、気高い魂を持っている」


 そこまで言われて、何も言い返せなかった。

 俺が俯いていると、カイは俺の顎に指をかけ、上を向かせた。

 至近距離で見つめ合う。

 彼の金の瞳に、戸惑う俺の顔が映っていた。


「すぐに答えを出せとは言わない。だが、覚えておいてくれ。俺はお前の番だ。お前がどこにいようと、俺は必ずお前を見つけ出す。そして、何があってもお前を守り抜く」


 それは、呪いのように甘い誓いだった。

 俺たちの間に存在する、抗いがたい引力。

 戸惑いながらも、俺の心は確かに、カイという存在に強く惹きつけられていた。


 運命という大きな渦に、俺は飲み込まれようとしていた。

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