第11話「明かされる真実と運命の香り」

 目覚めた時に最初に感じたのは、慣れない寝台の感触と、体を優しく包み込む温もりだった。

 そして、鼻腔をくすぐる、濃厚で心地よいアルファのフェロモン。


『カイの……匂い……』


 ぼんやりとした頭でそう認識した瞬間、昨夜の記憶が鮮明に蘇り、俺は勢いよく体を起こした。


「……っ!」


 慌てて自分の体を確認する。

 服は着たままだった。

 乱れた様子もない。

 体に痛みや違和感もない。

 どうやら、最悪の事態は免れたらしい。


 ここは、俺の部屋だ。

 そして、俺が寝ていた寝台の脇の椅子に、カイが座っていた。

 彼は腕を組み、苦悩とも焦燥ともつかない複雑な表情で、眠っている俺を見つめていたようだった。

 俺が目覚めたことに気づくと、彼は安堵したように息を吐き、そして、射抜くような真剣な眼差しを俺に向けた。


「……レオン。お前、オメガだったのか」


 静かだが、有無を言わせぬ問いだった。

 もう、隠し通すことはできない。

 俺は観念して、小さく頷いた。


「……ああ」


 その一言を絞り出すだけで、全身の力が抜けていくようだった。

 これまでずっと、誰にも知られずに守り通してきた最大の秘密。

 それを、彼に知られてしまった。


 蔑まれるだろうか。

 気味が悪いと、ここから出ていけと言われるだろうか。

 だが、カイの口から出たのは、意外な言葉だった。


「なぜ、黙っていた」


 その声に、非難の色はなかった。

 むしろ、どこか痛みをこらえているような響きがあった。


「……言えるわけがないだろう。この世界で、男のオメガがどういう扱いを受けるか、お前も知っているはずだ。蔑まれ、ただアルファの子を産むための道具として扱われる。俺は、そんな風に生きたくなかった」


 公爵家に生まれた時から、俺のオメガという性質は「欠陥」として扱われた。

 父は俺を疎み、母は俺の将来を嘆いた。

 アルベルト王子との婚約も、ヴァイスハイト家の権力で無理やりねじ込んだものだ。

 もし俺がオメガだと知られれば、全てが終わる。

 だから、必死で隠し続けてきた。


「……すまなかった。昨夜は、お前にひどい迷惑をかけた。理性を失いかけたお前を、俺のフェロモンが煽ってしまったんだろう」


 カイは、何も言わなかった。

 ただ、じっと俺の目を見ていた。

 その金の瞳の奥に揺らめく感情が、俺には読み取れなかった。


 沈黙が、重く部屋にのしかかる。

 やがて、カイはゆっくりと口を開いた。


「……迷惑だなんて、思っていない」


「え……?」


「むしろ、逆だ」


 カイは椅子から立ち上がると、俺が寝ている寝台に近づき、すぐそばに腰掛けた。

 彼のアルファとしての存在感が、俺の肌をピリピリとさせる。


「昨夜、お前のフェロモンを嗅いだ時……俺は、生まれて初めて、立っていられないほどの衝撃を受けた」


 彼の声は、熱っぽく、わずかに震えていた。


「それは、ただの発情したオメガの匂いじゃなかった。もっと……魂を根こそぎ揺さぶられるような、甘く、焦がれるような香りだった。俺の全てが、お前を求めて叫んでいた」


 カイは、そっと俺の頬に手を伸ばした。

 その指先が、熱い。


「レオン。お前のフェロモンは、他の誰でもない、俺だけに向けられた香りだ。そして、俺のフェロモンもまた、お前を安らがせるためにある」


 彼の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


「何を……言っているんだ……?」


「気づかないか? 俺たちは――」


 カイは、まるで宝物に触れるかのように、優しく俺の髪を撫でた。


「『運命の番』なんだ」


 運命の、番。

 物語の中でしか聞いたことのない、伝説上の存在。

 何億分の一の確率でしか出会えないとされる、魂の伴侶。

 アルファとオメガの間にのみ存在する、絶対的な結びつき。


 そんなものが、俺たちの間に?

 混乱する俺を、カイの金の瞳がまっすぐに捉える。


「ずっと、探していた。俺の半身を。……ようやく、見つけた」


 彼の告白は、あまりにも唐突で、あまりにも衝撃的で。

 俺は、ただ彼の顔を見つめ返すことしかできなかった。


 荒れ果てた辺境の地で出会った、謎の傭兵。

 彼が、俺の運命?

 信じがたい真実が、俺たちの間に横たわっていた。

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