第9話「黒獅子の咆哮、守るべき者のために」

 盗賊たちの数は、ざっと見て二十人以上はいる。

 ヨハンの報告よりも遥かに多い。

 一人一人の装備は粗末だが、その目には獲物を前にした獣のような、獰猛な光が宿っていた。


 村の男たちが息を飲むのが分かった。

 恐怖に足がすくむのも無理はない。


 だが、その先頭に立つ男は、微動だにしなかった。


「レオン、お前は下がってろ。絶対に前に出るな」


 カイは、俺にだけ聞こえる声でそう告げると、一人、バリケードの前に歩み出た。

 腰の長剣を、静かに鞘から引き抜く。

 月光を浴びたその刀身は、恐ろしいほどに美しかった。


「なんだぁ、てめえは。この村の用心棒か?」


 盗賊の頭目らしき、ひときわ体の大きな男が下卑た笑いを浮かべる。


「たった一人で俺たちを止めようってのか? 命知らずにも程があるぜ!」


 カイは何も答えない。

 ただ、剣をゆったりと構え、静かに殺気を放ち始めた。

 その圧力に、頭目の笑みがわずかに引きつった。


「……やっちまえ! そいつを殺して、村の食い物も女も、根こそぎ奪ってやれ!」


 頭目の号令と共に、盗賊たちが雄叫びを上げて一斉にカイへと殺到した。

 次の瞬間、俺は信じられない光景を目の当たりにした。


 カイの姿が、まるで黒い旋風のように躍動した。


 一閃。

 最初に突っ込んできた盗賊の喉元から、鮮血が噴き出す。

 二閃。

 続く男の斧を弾き返し、がら空きになった胴を深々と斬り裂く。


 カイの動きには一切の無駄がない。

 それはもはや、剣術というよりは舞踊に近い、洗練された芸術のようだった。

 盗賊たちの悲鳴が、夜の闇に次々とこだまする。

 屈強な男たちが、まるで子供のように、いとも簡単に切り伏せられていく。

 それは、一方的な蹂躙だった。


『なんだ……これは……』


 ただの傭兵の動きではない。

 彼の剣筋は、間違いなく王侯貴族に仕える騎士団長クラス、いや、それ以上のものだ。

 あまりの光景に、バリケードの陰で固まっていた村人たちも、恐怖を忘れて呆然と立ち尽くしている。


「ひ、ひいぃっ!」


 盗賊の頭目は、目の前で繰り広げられる惨状に腰を抜かし、這うようにして逃げ出そうとした。

 カイはそれを見逃さない。

 彼は逃げる頭目の背中に向かって、まるで獅子の咆哮のような、凄まじい威圧を放った。


「――動くな」


 たった一言。

 だが、その声には絶対的な王者の威厳が宿っていた。

 頭目は金縛りにあったように動きを止め、その場でがたがたと震え始める。


 カイはゆっくりと頭目に歩み寄り、その首筋に剣の切っ先を突きつけた。


「お前たちの根城はどこだ。全て話せ」


「い、言えねえ……言ったら、ボスに殺される……」


「言わなくても、今ここで俺に殺されるが?」


 カイの金の瞳が、氷のように冷たく光る。

 その瞳に見据えられ、頭目は観念したように全てを白状し始めた。


 カイは残った数人の盗賊たちを縄で縛り上げると、村人たちに向き直った。

 その顔には、返り血がわずかに飛び散っている。


「……終わった。もう大丈夫だ」


 その言葉で、村人たちはようやく我に返り、わっと歓声を上げた。


 俺は、呆然としたままカイのもとへ駆け寄った。


「カイ……お前、一体……」


「言っただろう。しがない傭兵だと」


 彼はそう言って、悪戯っぽく笑った。

 だが、その答えを信じることなど、到底できなかった。


 あの威圧感。

 あの剣技。

 そして、あの圧倒的な存在感。


 彼は、ただの傭兵などではない。

 俺は、とてつもない人物を、この辺境の村に匿ってしまっていたのかもしれない。

 カイの正体に対する疑念と、彼がこの村を守ってくれたことへの感謝。

 そして、彼の強さに安堵する気持ちと、得体の知れない恐怖。

 様々な感情が入り混じり、俺の心は激しく揺さぶられていた。


 ただ一つ確かなことは、この夜を境に、俺たちの関係はもう元には戻れないだろうということだけだった。

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